16.新鮮野菜
「本当に辞めちゃうなんて、アタシびっくりしちゃったわよぉ!」
作戦会議のためにボリスの青果店へ顔を出したアーサーが、店先に立つ「新しい店員」を見て大げさに両手を広げた。
そこにいたのは、神聖な白い法衣を脱ぎ捨て、動きやすいエプロンを身に纏ったステラだった。
あれから程なくして、彼女は本当に教会へ退職届を提出し、上級修道女の座をあっさりと捨ててボリスの店の従業員へと華麗なる転身を遂げたのだ。
「ええ、アーサーさん。いつ来るかもわからない患者を待つより、毎日新鮮なお野菜と向き合う方が、ずっと街のため(と私の懐のため)になりますわ!」
すっかり吹っ切れた様子のステラは、以前のどんよりしたオーラが嘘のように、生き生きとした笑顔でリンゴを磨いている。
店先では、キアリーとステラの「コンビネーション」が、恐ろしいほどの精度で機能していた。
「ステラさん、このキャベツの山……あ、これです。この一玉、芯の奥に少しだけお腹を壊す成分(罠)が視えます」
「了解ですわ、キアリーさん! ――『アンチポイズン』!」
キアリーが『トラップバスター』で指さしたキャベツに、ステラがすかさず解毒スキルを放つ。淡い緑の光が包み込んだ瞬間、キアリーの視界の警告ログは綺麗さっぱり消滅する。
傷みかけ、あるいは微量な毒素やアクを含んでいたはずの野菜たちが、次々と「完璧に安全で新鮮な極上品」へと生まれ変わっていく。
「おいおい、お前ら……本当に凄まじいな。ガハハ!」
店の奥から、店主のボリスが信じられないといった様子で首を振りながら、大きな仕入れ箱を担いで現れた。
「今までは仕入れた商品のうち、どうしても何割かは傷んで廃棄にするしかなかったんだ。それが、キアリーが秒速で見分けて、ステラちゃんが片っ端から新品同様に戻しちまう。今やうちの店、廃棄物が異様なくらい出なくなっちまったよ!」
ボリスの言う通り、仕入れが100%利益に変わるボリスの店は、今や市場の中で圧倒的な売り上げを叩き出し始めていた。もちろん、この大改革の立役者であるキアリーの給与も、ボリスの手によって大幅に引き上げられたのは言うまでもない。
「ふふ、キアリーさんのおかげで、私も毎日実績(売り上げ)が作れて幸せです。……ね、キアリーさん?」
ステラがニットの胸元をこれでもかとアピールしながら、キアリーの腕にしなだれかかる。
「あ、あはは……お役に立てて良かったです、ステラさん(近い、近いよ……!)」
キアリーは顔を真っ赤にしながら、心の中で『トラップバスター』が告げた
【効果:激しくつきまとわれる可能性あり】
という未来の罠の正確さに、恐怖と感謝が混ざった複雑なため息を漏らすのだった。
日常の「食」の安全を守るコンビは、ダンジョンに入る前から、まずは地上の市場で無敵の快進撃を始めていた。




