15.警告無視
その日、キアリーはボリスの青果店で、自身の『トラップバスター』で完璧に検品を終えた新鮮なリンゴを棚に並べていた。
すると、市場の雑踏の中に、明らかに場違いなほどどんよりとしたオーラを纏って歩く女性の姿を見つけた。
「……あ、ステラさん?」
いつもの神聖な修道服ではなく、今日は身体の線がくっきりとした私服のニットワンピース姿。その抜群のスタイルに周囲の男たちの視線が集まっているが、本人は生きる気力を失ったかのように俯いている。
「ステラさーん!」
キアリーが声をかけると、ステラはハッと顔を上げ、キアリーの姿を認識するや否や突進してきた。そしてあろうことか、店先でキアリーの前にバサリと跪き、胸の前で手を組んで祈りの姿勢をとったのだ。
「す、ステラさん!? 街中で一体どうしたんですか!?」
「ああ……キアリーさん……!私には天罰が下ってしまったのです。神よ、罪深き私めをお赦しくださいませ……!」
通りすがりの人々が「なんだなんだ?」と色めき立つ。理由のわからないキアリーは慌てて彼女を立たせ、ひとまず近くのカフェへと駆け込んで話を聞くことにした。
カフェのテラス席でココアを前に、ステラは重い口を開いた。
「実は私……固有スキル『アンチポイズン』に目覚めてトントン拍子で上級修道女になったのはいいのですが、そもそもこの街、毒の治療の需要がほとんどないんです。この前のアーサーさんが、実に3年ぶりの患者だったんですよ」
「えっ、3年も……?」
「はい。だから『黒鉄の迷宮』の2階層が毒まみれだと知ったとき、私、不謹慎にも思ってしまったんです。『これで私の治療実績がガンガン増えて、特級修道女、ひいては教会の幹部神官への昇進も夢じゃないわ!』って……」
ステラはシクシクと肩を震わせる。
「なのに、ギルドが『アンチドート』なんて万能薬を完成させてしまったせいが……いえ、お陰で、私のそんな邪な野望は完全に打ち砕かれました。患者が増えてほしいなんて修道女にあるまじき大罪を願ったから、神様に見捨てられたんです。このままじゃ実績ゼロのタダメシ喰らいとして教会を追い出され、路頭に迷ってしまいます……うぅ、ふぇぇん……!」
テーブルに突っ伏して泣き出すステラ。
(実際には「ウソ泣き」だったのだが、純朴なキアリーにそれを見抜く術はなかった)
「うーん、でも、ステラさんの『アンチポイズン』があれば、ダンジョンでも心強いんじゃ……」
「ダメなんです!私のスキル、即効性の毒には効果が薄くて……あの『グローヴフィッシュ(フグ型モンスター)』の毒みたいに、食べた瞬間絶命するようなものには、発動が間に合わなくて意味がないんです……!」
「なるほど……(やっぱりあのフグはステラさんでも無理だったんだな)」
キアリーは心の中でフグ鍋の可能性を完全に消去しつつ、目の前で泣きじゃくる美女をどうにか救えないかと知恵を絞った。そして、ひとつの妙案を思いつく。
「あの、ステラさん。それなら、ボクから一つ提案が――」
言いかけたその瞬間。
キアリーの視界の端で、ステラの頭上にこれまで見たこともないほど禍々しい紫色の警告テキストが、凄まじい勢いで明滅した。
『発動条件:キアリー・アーンハートの考えている提案をステラ・マリーベルに話す』
『効果:今後の人生において、ステラ・マリーベルに公私ともに激しくつきまとわれる可能性あり』
(えぇぇーっ!? これ、罠判定なの!?)
キアリーは思わず息を呑んだ。『トラップバスター』がこれほど私生活の危機をストレートに警告してくることは珍しい。この提案を口にすれば、自分の静かで安全な生活に重大な危険が及ぶと、システムが告げている。
(でも……でも、困ってる人をこのまま見過ごすわけにはいかないよ……!)
前の街で拒絶され、この街で人々の優しさに触れたキアリーは、スキルの警告よりも自身の良心を選んだ。彼はゴクリと唾を飲み込み、思い切って言葉を紡いだ。
「ステラさん……!もしよければ、ボクと一緒にボリスさんの店で働きませんか!?」
「……え?」
ステラが涙(の演技)に濡れた顔を上げる。
「ボクが『トラップバスター』で検品した、少し傷みかけたり微量の毒素を含んでいたりする野菜や果物。それを売る前に、ステラさんが『アンチポイズン』で片っ端から解毒・リフレッシュするんです! これなら廃棄ゼロ、商品の価値も上がって、お店もステラさんも万々歳間違いなしです!」
「……!!」
その瞬間、ステラの濁っていた瞳が、まるで獲物を見つけた猛獣のようにキラーンと輝いた。
「それよ……!!教会の寄付金より安く設定すれば、街中の全商人が私に頭を下げるわ……!商業ギルドとのコネもできて、実績なんていくらでも捏造……ゴホン、作れるじゃない!!」
「えっ? 今、なんて……」
「素晴らしい提案ですわ、キアリーさん!! さすが私の運命の殿方!」
ガタッと椅子を蹴立てて立ち上がったステラは、キアリーの手を両手でガシッと握りしめ、もの凄い力で引き寄せた。ニットワンピース越しに柔らかな感触が伝わり、キアリーの顔が真っ赤になる。
その瞬間、キアリーの脳裏で
【効果:激しくつきまとわれる可能性あり】
が、より一層深く、確定の赤色へと染まった気がした。
こうして、キアリーの優しさから出た一つの提案は、街の青果流通(とキアリーの今後のプライベート)に、とんでもない嵐を巻き起こすことになるのだった――。




