14.無害化の瞬間
ギルドからアンチドートを支給され、第2階層へのリベンジを数日後に控えた、ある日の午後。
キアリーはベランダで、物干し竿に吊るされた何枚もの『グリーンスライムの皮』をじっと見つめていた。
彼の固有スキル『トラップバスター』は、一般的な「鑑定スキル」とは根本的に異なる。
対象の価値を高らかに告げることもなければ、無害なものに対しては、どれほど目を凝らそうとも一切のログを出さない。彼の視界に文字が浮かぶのは、そこに明確な「人間を脅かす害(罠)」が存在するときだけだ。
干し始めてから三日目。
昨日までは、じっと見つめると
『発動条件:食べる』
『効果:軽度の胃痛(個人差あり)』
という文字が、薄く、頼りなげに点滅していた。
そして、今――。
太陽の光をいっぱいに浴びたグリーンスライムの干物をキアリーが見つめた、まさにその瞬間。
ふっ、と。
それまで視界の端で微かにチカチカとしていた警告ノイズが、完全に、綺麗さっぱり消滅した。
その瞬間、キアリーの胸の奥から、なんとも言えない意味不明な高揚感がふつふつと湧き上がってきた。
それはまるで、ふと見上げたデジタル時計が
『11時11分11秒』を刻んでいた瞬間を目撃したときのような、世界の歯車がピタリと噛み合ったかのような、奇妙で、それでいて最高に気分のいい興奮だった。
「……あ。消えた……!」
罠判定が、なくなった。
つまり、この目の前にある干物は、今この瞬間をもって、ただの『胃痛の原因』から、完全に無害化された『完璧な胃腸薬の材料』へと昇華されたのだ。
「何一人でニヤニヤしてんのよ、キアリーちゃん」
階下から声をかけてきたのは、今日の作戦会議のためにアパートにやってきたアーサーだった。両手に大きな荷物を抱え、相変わらず華やかな仕草で階段を上がってくる。
「あ、アーサーさん!見てください、スライムの罠が完全に解除されました!これでもう、いつお腹を壊しても安心です!」
「もう、相変わらず変なところでテンションが上がる子ねぇ。でも、あんたのその目が『安全』って言うなら、これ以上心強いことはないわ。さぁ、お喋りはここまで。アンチドートも、アタシの『パーフェクトウォール』も準備万端よ!」
アーサーが不敵に微笑み、腰のロングソードの柄をパチンと叩く。
キアリーは、完全に無害になったスライムの干物を丁寧に回収し、リュックへと収めた。
害が消えた瞬間の、あのゾロ目を見た時のような心地よい高揚感を胸に残しながら。




