12.マッチポンプ
アーサーの負傷を重く見たギルドにより、『黒鉄の迷宮』第2階層は一時封鎖の措置が取られた。
しかし、ただ指をくわえて見ているギルドではない。受付のエレンをはじめとする調査班は、古文書や過去のデータから、あの陰湿な毒の海を突破するための唯一の特効薬――『アンチドート』の存在を突き止めた。
ギルドの窓口で、エレンが神妙な顔で羊皮紙のリストをキアリーたちに提示する。
「これが、どんな毒にも対応可能とされる『アンチドート』の調合材料です」
キアリー、アーサー、そしてマックの3人は、そのリストに並んだ名前を上から順に覗き込んだ。
黒鉄草
硝石
ホーンラビットの角
マジカルマッシュルーム
干したグリーンスライムの粉
「……ちょっと待ってちょうだい」
右腕がすっかり完治したアーサーが、リストを指さして呆れたように声を上げた。
「ホーンラビットって、あのウサギ型モンスターじゃないの?マジカルマッシュルームも、あのキノコよねぇ?」
「フォッフォ、黒鉄草も硝石もスライムも、どれもこれも見覚えがあるのう。……これって、もしや」
マックの言葉を引き継ぐように、キアリーがぽつりと呟いた。
「これ……全部、ダンジョンの『第1階層』で集まるやつ、ですよね?」
「はい、その通りです……」
エレンは苦笑いしながら頷いた。
なんという意地悪で、計算され尽くしたダンジョンなのだろう。
第2階層へ進むためには、第1階層をただ通り過ぎるだけでなく、そこにある資源をくまなく採取し、準備を整えてから挑めという、迷宮の作成者からの無言のメッセージ(あるいは嫌がらせ)だったのだ。
「でも、材料はわかったけれど、これらをどうやって薬にするの? ただ混ぜるだけじゃなさそうだけど」
アーサーの疑問に、エレンはさらにリストの続きを指差した。
「ここが一番特殊な工程なんです。これらの材料を砕いてよく混ぜて水に溶かした後、『大量の銅』を触媒にして化学反応を起こすことで、初めて有効な解毒物質が生成されるそうなんです」
「大量の銅、じゃと……?」
マックの目が、キラリと鋭く光った。
大量の銅。今、この街で最も余り散らかし、ギルドや商人が処分に頭を抱え、物価を絶賛大暴落させているもの――それこそが、新人冒険者たちが第1階層から文字通り山のように持ち帰ってきた『銅貨』だった。
「あらやだ! じゃあ、あの過剰供給されてお荷物になってる銅貨を、薬を作るための使い捨ての触媒として、一気に消費できちゃうってわけ!?」
アーサーが手をポンと叩いて声を上げた。
「そういうことです! ギルドとしても、街に溢れた銅貨を回収して溶かす正当な理由ができて、まさに一石二鳥なんですよ。……というわけで、キアリーさん、アーサーさん、マックさん!」
エレンは期待を込めて、キアリーたちを真っ直ぐに見つめた。
「第1階層の『素材採取』と、特効薬『アンチドート』の精製依頼、正式に皆さんに指名でお願いしてもよろしいですか?」
「もちろんよ! あのネズミにはきっちりお返しをしなきゃ気が済まないわ!」
アーサーが拳を鳴らす。
「ボクも、今度はホーンラビットの角だけじゃなくて、お肉もまたたくさん確保してきます!」
キアリーの相変わらずブレない意気込みに、部屋中がドッと温かい笑いに包まれた。
回収した山のような銅貨を大釜に放り込み、第2階層のリベンジへ向けて。
トラップバスター・キアリーの、新たな「素材集め(兼、晩ご飯の調達)」の冒険が始まろうとしていた。




