10.毒まみれ
『発動条件:壁に触る』
『効果:毒霧噴射』
「……うわぁ、またです。あの壁に軽く触るだけで、一瞬で毒霧が噴射されます」
『発動条件:床を踏む』
『効果:床から毒針が出現』
「こっちの床は踏むと毒針が出現……ちょっと、この階層、いささか厄介すぎやしない?」
『黒鉄の迷宮』第2階層を進む3人は、1階層目とは比較にならないほどの精神的疲労に襲われていた。
キアリーの『トラップバスター』のおかげで、仕掛けられた罠自体はすべて事前に回避できている。しかし、この階層にはあまりにも悪趣味な『法則』があった。
とにかく、何もかもが「毒まみれ」なのだ。
『発動条件:宝箱の取っ手に触れる』
『効果:即効性の神経毒』
「その宝箱も、鍵は開いてますけど取っ手に即効性の毒が塗られてます。触っちゃダメです!」
「嫌だわぁ、本当に陰湿ね!」
アーサーが忌々しげに剣先で罠を潰していくが、極めつけは行く手を阻むモンスターたちだった。
通路を塞ぐスライムに対し、キアリーが『トラップバスター』を鋭く発動させる。
『発動条件:核を破壊する』
『効果:半径3メートルに強酸性の毒液を噴射する』
「ダメです、倒すと毒液が噴射されます! 離れて魔法で処理してください!」
「任せおれ! ――『ファイアボール』!」
マックの炎で焼き尽くし、なんとか難を逃れる。
直後に現れたフグのような姿をした奇妙な浮遊モンスターに対しては、キアリーは緊迫した空気の中でもじっと見つめ、
『発動条件:しかるべく調理手順を踏まずに食べる』
『効果:即死(解毒不可)』
「……あ、あれは…完璧に毒抜きさえすれば、お鍋にして美味しく食べられます!」
と、ちゃっかり食材チェックを入れてマックに「今はそれどころではないわい!」と叱られていた。
しかし、迷宮の悪意は、そんな彼らの僅かな隙を逃さなかった。
キノコの影から、目にも留まらぬ速さで飛び出してきたのは、赤く濁った瞳を持つネズミ型のモンスターだった。
「キアリーちゃん、危ないッ!!」
「えっ――」
反応が遅れたキアリーを突き飛ばし、アーサーが前へ出る。
しかし、あまりの至近距離からの不意打ちに、流石のアーサーも『パーフェクトウォール』の展開がコンマ数秒、間に合わなかった。
チクリ、と。ネズミの鋭い牙が、アーサーの剥き出しの腕をかすめる。
「――っくあ!?」
アーサーは即座にネズミを叩き斬ったが、その場に激しく膝をついた。ロングソードを握っていた右手が、カタカタと不自然に震え、やがて完全に脱力して床へ滑り落ちる。
「アーサーさん!!」
「アーサー!動くな、今調べる! ――『アナライズスキャン』!」
マックが血相を変えて杖をかざし、青い光でアーサーの腕をスキャンする。浮かび上がった魔力文字を読んだマックの顔が、一瞬で青ざめた。
「……マズいな、非常に強力な『神経毒』じゃ。急激に運動神経を遮断しておる。命に別状はないが、これではもう剣を振るうどころか、まともに動かすこともできん!」
「ごめんなさい、アタシとしたことが……。右手、完全に感覚がなくなっちゃったわ……」
アーサーは悔しげに歯を食いしばるが、盾となる彼の右腕が死んだことは、この戦闘能力皆無のパーティーにとって「詰み」を意味していた。彼らには、このレベルの猛毒をその場で解毒できる回復魔法も、高価なポーションも持ち合わせていない。
「……撤退だ!マッピングは中止、治療のために地上へ戻るぞ!」
マックの苦渋の決断に、キアリーは深く頷いた。
「アーサーさん、ボクの肩に捕まってください!帰りのルートは全部覚えてます、安全な道を走りますから!」
「ありがと、キアリーちゃん……情けないわねぇ……」
キアリーはか弱い身体でアーサーの左腕を自身の肩に回し、必死に支えた。
3人は命からがら、薄暗い階段を駆け上がって地上への退却を始めるのだった。




