表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/56

第22話 改めて、聞いてもいい?

 盤上パンタは、思っていたより抑制の利く人物だった。


 変に距離を詰めない。

 必要以上にこちら側へ踏み込まない。

 気になっているのは明らかなのに、その“気になる”を無理やり押しつけてこない。


 それが、悠真には少し意外だった。


 配信ではもっと軽やかだ。

 軽やかで、話題の拾い方もうまくて、ぎりぎりの本音を冗談みたいに混ぜる。

 だから現実で会ったら、もう少し人との距離も近いのかと思っていた。


 けれど、今目の前にいる盤上パンタは、ちゃんとこちらの様子を見ていた。


 悠真がまだ完全には落ち着いていないことも。

 ノワールが警戒を残していることも。

 ブランが憧れと興奮をまだ胸に抱えていることも。

 全部見たうえで、話す順番を選んでいる。

 見ているというより、切り分けている感じに近かった。

 誰へ何を先に投げれば場が崩れないか、会話の枝分かれを頭の中で先に試してから口を開く人間の目だった。


「……白夜の端っこって」

 盤上パンタが、少しだけ首をかしげる。

「普段もその感じなの?」

「その感じって」

「なんていうか」

 少し考えてから言う。

「急に処理落ちする感じ」

 ブランが、小さく笑った。

「そういうとき、ある」

「ブラン」

「でも、ある」

 ノワールは咎める声を出しつつ、否定しない。

 盤上パンタはそこを見逃さず、少しだけ目を細めた。


「でも、さっきみたいに、いきなり名前に近いところまで行ったら、そりゃそうなるか」

「……そうです」

「ほんとにごめん」

「……」

「これは、わりと本気で言ってる」

 その言い方が変に誠実で、悠真は逆に怒り損ねる。


 ノワールが、そこで低く口を開いた。

「あなたは」

「うん」

「兄さんに対して、かなり慎重に接しようとしているように見えます」

 盤上パンタは、少しだけ目を丸くした。

「見える?」

「はい」

「それは、そうかも」

 素直に認める。

「だって、さっき一回失敗したし」

「失敗という自己認識なのですね」

「完全に」

 ノワールはそれを聞いても表情を緩めなかった。

 ただ、警戒の向きだけが変わる。

 乱暴な相手ではない。

 だから厄介だ、という顔だった。


 ブランはもう、別の方向に興味が移っていた。


「ねえ」

 白銀の白虎が少しだけ身を乗り出す。

「配信の時より、ちょっと静か」

「そう?」

「うん」

「今はちょっと緊張してるから」

「盤上パンタが?」

「するよ、普通に」

 盤上パンタは苦笑する。

「むしろ、君たちを前にして緊張しないほうが変じゃない?」


「ぼくたち、へん?」

「へん、っていうか」

 盤上パンタは少し迷ってから言う。

「すごく、目を引く」

 ブランはぱっと顔を明るくした。

 けれど、すぐにはしゃがず、先に悠真を見た。

「お兄ちゃん」

「なに」

「目を引く、だって」

「よかったな」

 その返しに、白銀は満足そうに頷いた。


 悠真はそのやり取りを見ながら、少しだけ肩の力を抜いた。


 この人は、ノワールとブランを気にしている。

 それは間違いない。

 好みだとも、もうはっきり言った。

 でも、その関心を無遠慮な触れ方に変えない。


 たとえば今だって、距離はずっと同じままだ。

 白銀や黒金の輪郭をじっと見てはいるけれど、勝手に近づいたり、許可なく触れようとしたりはしない。

 視線だけで、ちゃんと踏みとどまっている。


 その踏みとどまり方が、悠真にはありがたかった。


「……なんか」

 悠真がぽつりと言う。

「思ってたより、普通に喋れる人なんですね」

「ひどいな」

 盤上パンタが笑う。

「どう思われてたの」

「もっとこう」

 悠真は少し迷う。

「配信そのままの人かと」

「ああ」

 盤上パンタは納得したみたいに頷いた。

「それ、たまに言われる」

「違うんですか」

「全部が違うわけじゃない」

 彼は自販機の横にもたれすぎないよう少し姿勢を直す。

「でも、配信ってやっぱり、少し喋りやすいように整ってるから」

「整ってる」

「うん。テンポとか、拾い方とか」

「相手がどこで詰まるか、先に見てるだけ」

「拾う順番を間違えると、一気に崩れるし」

 少しだけ目を伏せる。

「現実だと、もう少し間を見てるかも」

「へえ……」

 悠真は、ちょっと感心してしまった。


 ブランがすぐに口を挟む。

「でも、今のほうがやさしい」

 盤上パンタが白銀の白虎を見る。

「やさしい?」

「うん」

「そう見えるなら、よかった」

 その返しも、少し静かだった。


 ノワールがそこで続ける。

「確認します」

「はい」

「あなたは、私たちについて知りたい」

「かなり」

 盤上パンタはそこで一度だけ、白銀と黒金の輪郭へ視線を置いた。

「かなり、気になってる」

「しかし、今はそれを優先しない」

「しない」

「なぜ」

 盤上パンタは少しだけ間を置いてから答えた。

「白夜の端っこと話せる機会のほうを、先に手放したくないから」

 その答えに、悠真はほんとうに何も言えなくなった。


 ブランは目を丸くして、でもさすがに今回は口を挟まなかった。

 ノワールだけが、さらに深刻な顔になる。

 その答えは、軽い口説き文句じゃない。

 かなり本気だと判断したのだろう。


「……それ」

 悠真がようやく言う。

「ずるくないですか」

「ずるいかも」

 盤上パンタはあっさり認める。

「でも本音」

「そういうところです」

 悠真が言うと、盤上パンタは少しだけ笑った。

「白夜の端っこも、そういう言い方するんだ」

「どういう」

「コメントだと、もっと控えめ」

「コメント欄でそんなこと言わないでしょ」

「たしかに」


 風が少し吹いた。

 休憩所の屋根が小さく鳴る。

 さっきまでの張りつめた感じが、ほんの少しだけ、ほどけていく。


 悠真はその空気の変化を感じていた。

 盤上パンタは落ち着いて見える。

 その落ち着きが、かえって厄介だった。


「じゃあ」

 盤上パンタが言う。

「改めて、聞いてもいい?」

 悠真は少しだけ身構える。

「……何を」

「白夜の端っこに、俺が一個だけ」

 彼はほんの少し首をかしげた。

「ずっと聞いてみたかったこと」


 その質問の意味が、悠真には最初、一瞬わからなかった。


 ずっと聞いてみたかったこと。


 盤上パンタから白夜の端っこへ向けられる“聞いてみたかったこと”なんて、自分の想像の外にある。コメントの書き方か。いつから見ていたのか。どうして毎回終わりまでいるのか。そんなものが頭の中でいくつか浮かんでは消える。

 そのあいだも、盤上パンタは急かさなかった。

 急かさないまま、待っていた。

 その待ち方の熱に、悠真は遅れて気づいた。


「……なんでしょう」

 悠真がようやくそう返すと、盤上パンタは少しだけ目をやわらげた。


「白夜の端っこって」

 静かな声だった。

「なんで、あんなにずっと見てくれてたの?」


 その問いに。

 悠真は、ほんとうに一瞬だけ息を止めた。


 なんで。


 そんなの、あまりにも簡単で。

 でも、簡単すぎるからこそ、今まで誰にもちゃんと説明したことがなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ