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第21話 知っている声

 知らない顔だった。


 だが、声だけは何度も聞いていた。

 夜の雑談配信で。

 ゲーム実況で。

 歌ってみたの動画で。

 つい昨夜、ブランと一緒に聞いたばかりの声で。


 その男は、店先に立ったまま、

 ほんの少しだけ目を見開いていた。

 驚いているのは、たぶん向こうも同じだった。


「……君、白夜の端っこ、だよね」


 その一言で。

 悠真の中の、何か細い糸みたいなものが、ぷつんと切れた。


「……むり」


 かすれた声でそれだけ言って、その場にへなへなと座り込む。


「お兄ちゃん」

 ブランが真っ先にしゃがみこんだ。

 でも、目だけがはっきり揺れている。

「大丈夫」

「大丈夫じゃない」

 ノワールが即座に言った。

 すでに腰を落とし、悠真の肩へ手を添えている。

「兄さん、呼吸を整えてください」

「してる……」

「浅いです」

「してる……!」


 している。

 しているのに、全然足りない。


 頭が熱い。

 耳の奥が変に遠い。

 目の前に、盤上パンタが立っている。

 しかも自分のハンドルネームを知っている。

 いや、知っているというか、たどり着いている。

 そこへ、白と黒の二機が両脇から本気で心配している。


 状況が多すぎる。


「ごめん」

 盤上パンタがすぐに一歩引いた。

「ごめん、ほんとに。さすがに急だった」

「急です」

 ノワールが即答する。

 目はまったく笑っていない。

「大変不適切です」

「うん」

「認めるのですね」

「認めるよ」

 盤上パンタは苦く笑った。

「それは、ほんとにそう」


 悠真は両手で顔を覆ったまま、小さくうめいた。

「むりだって……」

「ここではだめです」

 ノワールが言う。

「人目があります」

 ブランがすぐに少し先を指さした。

「あっち」

 商業施設の外れに、小さな公共休憩スペースがある。植え込みとベンチ、自販機、それから半透明の屋根。通路から少し外れていて、人通りもここよりは少ない。

「いける?」

 今度のブランの声は、さっきより低い。

「……歩く」

 悠真が言う。

「ノワール」

「はい」

「左」

「わかりました」

 二機に両脇から支えられる形になって、悠真はようやく立ち上がった。


 盤上パンタは半歩引いた位置につく。

 その距離の取り方が、余計に慣れている感じで、悠真にはいちいち刺さる。


「……ほんとにごめん」

 もう一度、盤上パンタが言う。

「今のは、完全に順番を間違えた」

「順番以前の問題です」

 ノワールはまだ硬い。

「まず警戒対象として扱います」

「はい」

 ブランは盤上パンタとノワールを見比べてから、小さく言った。

「素直」

「今はそういうのいいから」

 悠真が呻くように返す。


 休憩所に着くころには、悠真の膝の震えも少しだけましになっていた。


 ベンチの端へ腰を下ろす。

 ブランがすぐ隣へ座り、ノワールは立ったまま周囲を確認する。

 盤上パンタは向かい側のベンチへ座ろうとして、少し迷ってから、立ったまま自販機の横に寄った。


 その距離の取り方が、やけにうまい。


「お水、買う?」

 盤上パンタが訊く。

「……お願いします」

 悠真はもう、そこだけは素直に言った。


 しばらくして、冷えたペットボトルが差し出される。

「ありがとう、ございます」

「どういたしまして」


 その応答が、配信の雑談の延長みたいに自然で、悠真はまたペットボトルを握ったまま俯いた。


 ブランが心配そうに覗き込む。

「お兄ちゃん」

「なに」

「まだ、むり?」

「だいぶむり」

「わかった」

 ブランはそれ以上何も言わなかった。


 ノワールがようやく盤上パンタを見る。

「では、確認します」

「うん」

「兄さんの心拍数がもう少し落ち着くまでは、刺激の強い発言を控えてください」

「わかった」

「こちらの情報を不用意に外へ出さないでください」

「出さない」

「あなた自身の正体を、こちらが知っている前提で話を進めないでください」

 盤上パンタはそこで一瞬だけ目を瞬いた。

「……それは」

「兄さんが“盤上パンタ”としてあなたを認識している、そこまでです」

「了解」

「よろしい」

 ノワールは淡々と頷いた。


 ブランは、そんな二人を見比べてから、ようやく少しだけ落ち着いたらしい悠真の腕へそっとくっつく。

「お兄ちゃん」

「なに」

「ほんもの、だったね」

「うん……」

「すごいね」

「……そうだな」

 さっきのような跳ねた声ではない。

 驚きと嬉しさを、まだ大事に抱えている声だった。


 盤上パンタはその視線を受けて、少しだけ困ったように笑う。

「そういう反応されると、逆に緊張するな」

「するんだ」

 悠真が反射で言ってしまって、しまったと思う。

 でも盤上パンタは普通に頷いた。

「するよ。俺だって人だから」

 その返しに、悠真はまた黙るしかなくなる。


 しばらく、風の音だけがあった。


 人通りはある。

 でもここまではほとんど来ない。

 街のざわめきがひとつ膜を隔てた向こうにあるみたいで、この小さな休憩所だけが別の場所になっていた。


 最初に話し始めたのは、盤上パンタだった。


「……改めて」

 慎重な声だった。

「さっきはほんとにごめん」

 悠真はペットボトルを握ったまま、小さく首を振る。

「いや」

「いや、今のは謝る」

 盤上パンタは言った。

「急に名前に近いところまで行ったの、普通にだめだった」

 その自己評価の正しさが、余計に困る。


「でも」

 悠真は小さく言う。

「……たどり着いてたんですね」

「うん」

 盤上パンタも、その一点は濁さなかった。

「確信はなかったけど」

 視線を落とした指先が、ペットボトルのラベルを一度だけ強く押した。

「隣にいたら、たぶんわかると思ってた」


 その言い方は断定じゃない。

 願望に近い確認だった。

 だからこそ、悠真は完全には否定できない。

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― 新着の感想 ―
流石のブランも盤上パンタのバグってる距離感に危険を感じる程か、双子にとっての初対面での印象がダメダメ過ぎる。
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