6話 初仕事②
グルルァァア!!
鰐型の魔物が咆える。明らかにこちらを見ている。逃げ場はない。横にいるパールピンクの髪をしたほぼ上裸の男が塞いでいるから。
「どいてよぉ!!」
「どくわきゃねぇだろ!!」
アグニ、呪ってやるからな。こんな化け物で初陣を済ませようとするなんて阿呆のやることだぞ。私が人でないからこれが許されている現状、いつか私が人でなかったことを後悔させるほどお前を恐ろしい目に合わせてやる。
「そいつはガジルって魔物でな! 掴まれても噛まれても終わりだと思え! まぁそいつと接敵した時点で初心者なら終わりなんだけどな!! ハハハハ!!」
何がハハハハだよカスが!! 噛み砕かれたらお前も終わりだろうがよ!! 助けろよ!! あと緑級でこんなのが出てくるようじゃ私にイノベーターは無理かもしれない。でもこれを超えていかなければ私に命はない。今の私の命を握っているのは木漏れ日しか差し込まない暗い場所であろうとサングラスをかけ続けるこの男、アグニなのだから。きっと逃げたところでまた連れ戻されるだけだ。
それならもう覚悟を決めよう。きっと私の体なら大丈夫のはず。寝転がるだけで床材を凹ませる私の体…… いや、それじゃイマイチ硬さが分からないな。やっぱ無理かも。
その時、ガジルが何やら不穏な行動をし始めた。四本の足を大きく広げ、全身を後ろに反らせる。まるで蠍のような体勢だ。きっとこの状態で突進してくる。そう思った瞬間、私の体はそれを止めるために前へと倒れるように進んでいた。
「やったらぁぁぁ!!」
まさかこちらが突進してくるとは思っていなかったようで、ガジルは一瞬の隙を見せた。そこに私は渾身の一撃を叩き込む。指の先から骨を通じて感触が伝わってくる。ガジルが思わず叫んでしまうほどに深く、深くめり込んだ私の拳は骨と内臓に相当な損傷を負わせられたようだ。
「よっしゃぁぁ!!」
「喜ぶにはまだ早いぞー」
致命的な傷を負ったガジルは、息が荒く目も真紅に染まっている。何やら様子がおかしい。先程の一撃を叩き込んだ部位、出血はさせられなかったが腕一本分は確実に沈んでいたはずでこの短時間で元通りになるようなものじゃなかった。だというのに今のヤツには痕がない。よくみると周囲の筋肉が渦を巻くように痕に集まって塞いでいる。とんだびっくり生態、これが魔物か。
グ゛ァ゛ァ゛ア゛ア゛ァ゛ァ゛ア゛ア゛ア゛!!
咆哮と共に鞭のような尻尾を振り、空気を裂くような鋭い一撃を叩き込んでくる。まずい。私の体で耐えられるか分からない。心なしか緩やかになって見える世界。走馬灯というやつだろうか。流れたとて一切の思い出がないから思考速度だけ上がっている。尻尾が木々を薙ぎ倒さずに切断しながら近づいてくるのもはっきりと見える。まだ生後3日目、上半身と下半身が泣き別れするには早すぎる。だが避けるほどの時間はない。あぁ、人生とはこんなにも儚いものだったか。
そうしてガジルの尻尾が私の胴を一刀両断し、私の短い生は終わりを迎え……なかった。
私の胴が岩石のように角張って硬化し、尻尾を受け止めている……
「何これ! えっ! 何!」
「いい防御手段持ってんなぁ。 攻撃にもガンガン転用させてけよ」
私もとんだびっくり生態。でもこれは自分の意思でできたわけじゃない。やり方など分からない。それでも攻防共に輝く能力、勝ち目はある。というかアドバイスとかする前に手伝えよ。さっきの一撃危なかったんだから止めに入ってくれよ。
あぁいけない、今は目の前の敵に集中しなければ。
そう思っていたがガジルはさっきの攻撃を受け止められるとは思っていなかったようで、既に戦いが終わったものだと思い込んでいる様子。今はアグニを警戒し、距離を測っている。この間に何とかしてもう一度硬化を発動させないと次の一撃すら耐えられない状況、今すべきは発動のトリガーが何なのか把握することだ。とりあえず力を入れたり発動しろと念じたりしてはみるが何も効果なし。
……待って、そんなことしなくても今なら逃げれるじゃん!! バイバイアグニ! ご飯は好きだったよ!! ……足が動かない!?
私の意思など関係なく、足はその場から動こうとしない。いや、引き抜けないと言った方が正しいだろう。私の足元から幾つもの棘のようなものが出ている。きっとこれは攻撃を受け止めた時に吹き飛ばされないように発動したものだろう。だが自分の意思で解除できないようなら無意味な能力。必死に抜こうとするがかなり深いところまで伸びているようで、私の足の可動域では抜くことは不可能。それでも地中でなんとか折れないかと思いもがいた。だが悪手だった。地の揺れを感じたガジルがこちらを向く。せっかくのチャンスをふいにしてしまった。
「そっち行ったぞー もう隙も見せないだろうし次の一撃で決められると楽だぞー」
「そんな簡単に言わないでよ!!」
だがこうなったらもう腹を括るしかない。ガジルは牙を剥き出しにして唸っている。次は噛み殺しにくるのだろう。それならば私はお前の牙を全部この手で砕いてやる。大地を踏み締めるどころか大地の中に食い込んでいる状態、きっと最初より良いパンチが打てる。
瞬間、ガジルは静かに私へと飛び込んでくる。
タイミングが全く掴めなかった。反応が遅れる。攻撃が間に合わない。ワンテンポ遅れた拳は振り切る前に牙に触れる。このままでは喰われて終わる。そう思った時、硬化が発動した。曲げたままの腕が伸び、ガジルの牙が折れる。直後、ガジルは怯み、仰け反り、下顎に隙ができた。
「おらぁぁぁ!!」
全身全霊で放つアッパーカット。ガジルの下顎が砕け、勢いのままに閉じた顎から脳天までその威力が伝わる。当然、ガジルはこれに耐えられない。何も言わず、ただ倒れた。
「勝ったぁぁぁ!!」
「ご苦労さん。でも喜んでるところ悪いがちょっと手伝え」
「もっと褒めろよぉ!! 怖かったんだからさぁ!! あと自分が手伝ってないのに手伝わせようとするなよぉ!! まぁやるけどさぁ!!」
「はいはい、頑張った頑張った。よくできました。あとお手伝いいただきありがとうございますー」
気持ちが一切こもっていない返事をしてきた。だがそれにまた文句を言う前に作業に取り掛かる。失神していただけのガジルを締め、運びやすいように縄で縛る。それをいつの間にか用意していたソリに乗せて運ぶ。これでやっと帰れる。……あれ、何か忘れてる?
「……あっ! 魔晶水採らなきゃいけないの忘れてた!! あぁ〜面倒だよ〜」
「あぁ、そんなもんこの世に存在しないから忘れていいぞ。お前の戦闘能力確かめたくて嘘の依頼出しただけで、本当の依頼はガジルの討伐。いきなりこんなのと戦わされるって知ったら逃げ出すと思って。それにあんなバカみたいな依頼あるわけないだろ」
「……は?」
「ほら、ギルド行ったとき用事あるって言ったろ? その時に受付に今から出す偽依頼はガキが持ってきた場合は受領するようにとか、掲示板の前の連中に偽依頼は無視するようにとか頼んでたんだよ」
そんなことが聞きたいわけじゃない。お前は子供の頃に習わなかったのか? 嘘はついてはいけませんって。私は習ってなくてもわかるぞ。
「ま、一件落着ってことで! それにお前無傷だし、なんなら2撃で決着つけたし! なんも問題ないだろ!」
問題大アリだよ。いつか絶対に痛い目見せてやる。




