5話 初仕事①
翌日、私は戸の着いた牛乳箱のような場所で目を覚ました。屋根はない。あの野郎が屋根の分の木材を買っていないからだ。ついでに言えば床もない。だから寸法測れって!! 雨が降ってたらどうするつもりだったんだよ!!
「よぉ、今日は依頼受けに行くぞ。早く出てこい」
どの面下げてんだよ。買い物下手がよ!
……はぁ、気が重い。寝つきが最悪だったのも、これから怪しい依頼を受けなければいけないことも、全てが嫌だ。
それでも私が逆らうことはない。というか逆らえるほど元気がない。身支度という身支度をせず、ゆっくりと起き上がった。箱の中から全身が軋んでいるような異音を立てながら飛び出してくる光景は、側から見れば壊れたびっくり箱のように見えるかもしれない。そうして体に鞭を打ちながら、今日が始まる。
「魔晶水ってのはフロンティア内で取れる水のことでな。マジでどこでも採れるから8〜10ギアぐらいが相場だ。それが今回は10倍! それに納品の上限もない! クソ怪しすぎて心が踊るなぁ!!」
あんまり大きい声を出さないでくれ…… 柵で囲まれたただの土の上で寝てたんだぞこっちは。今日中に本調子が出ることはないと言い切れるくらい気怠いんだよ…… ってか本当に変な依頼だな。水が涸れるまではずっと稼ぎ続けられる形式とか、依頼者は何を考えてるんだ?
「さて、着いたぞ。ここが今日の現場、緑級フロンティア、【堅牢の緑河】だ。初心者にはもってこいだな」
あー! また知らないの増えたー!
「緑級フロンティアって何!」
「フロンティアの難易度区分。緑級、青級、黄級、赤級、黒級の五つある。緑級が1番簡単で黒級が1番難しい。分かったか?」
「分かった!」
「ここは緑級の中でも簡単な方だが水源が多い。とりあえず1000瓶目指して頑張れ」
1000瓶!? それって100000ギアってこと!? いくらか分かんないけどそんなに採らなきゃいけないの!? というかそんなに取ってもどうやって持って帰るのさ!! 採れって言われた以上は何か算段があるんだろうけど!!
「あと簡単とは言え魔物は出るからな。お前の肌なら傷つくことはないだろうが…… 一応な」
聞いてないんですけど!! でもフロンティアってそういう場所か!! それにそういう危険性があるから依頼出されてるんだろうしね!
もう面倒くさいしさっさと終わらせちゃおう!!
半ば投げやりになりながらも、人生(人かどうかは怪しいが)初めての仕事に取り掛かる。ひとまずは水源を探して歩き回る。【堅牢の緑河】の名の通り眼球に絵の具でも塗りたくられたのかと思うほどの一面の緑。木々も岩も、果てには魔物さえも…… うわっ!! 魔物出た!!
万物を貫いてしまいそうな大きな半月型の牙、前面に突き出している円盤状の鼻。 ……これ猪だ!!
「アグニー!! 猪いるー!!」
「あぁ、そいつは鼻を蹴っときゃ大丈夫だ」
そうなのね。でも今にも突進してきそうな猛獣に突っ込んでいけるほど私は肝座ってないよ。もう鼻息荒くしちゃってるもん。親の仇の如く私を狙ってるもん。
そう思った私は、無意識のうちに後退りしていた。
「はぁ……このくらい自分でやれよ」
アグニは瞬時に猪の目の前に移り、鼻のど真ん中を爪先で小突いた。その一撃とも言えないほどの微細な行動によって猪は失神した。その瞬間に周囲から葉の擦れた音、枝が踏まれて折れた音がする。おそらくこの猪の仲間が潜んでいたのだろう。あの強そうな見た目は虚仮威しというわけだ。猛っていたのは確かだが猛獣というほどでもない。そういうところを見分ける能力、もしくはそう言った情報を事前に掴む能力を手に入れるのがこの仕事の第一歩なのかもしれない。
「ここにいる魔物は全部この程度で撃退できる。ただ先に魔物の存在に気づかないと一般人なら骨折、最悪の場合は死ぬ。お前の体なら全く問題はない! 恐れるな! 進め!」
「おー!」
あんな雑魚に後退りしてしまったせいで多少の悔しさが生まれた。だがこれから遭遇する魔物も全部同じような強さだというのなら、アグニの言う通り私に怖いものはない。気張っていくぞ!
水源を目指し、私の背丈などゆうに超えるほど生い茂った草木を掻き分けて進む。道中で遭遇したリス、鳥、猿のような姿をした魔物達。見つけたそばから危害を加えていく。先手必勝! 後手でも必勝!! 今の私は無敵だ!!
「俺が発破をかけたからだとは思うがあんま調子乗んなよ。その内足元掬われるぞ」
あーん、せっかくいい気分だったのにー。せっかく乗り気だったのにー。ごもっともな忠告でもタイミング考えて言ってよね。でも今忠告されるほど調子乗ってる感じ出てたのか。ちょっと恥ずかしい。
「……それにしても水源見つからねぇな。森林型のフロンティアなら見つけやすいはずなんだが。それに俺が初めて行った時は、入口の時点で水の流れる音が聞こえてきたはず…… なんかおかしいな」
「えぇーそれ本当? 初仕事で異常事態に遭遇とか縁起悪いよー!」
「警戒はしといた方がいいかもな。もしかしたら魔物が上流に住処でも作ってるのかもしれない。そうなったら全員駆除することになるからな」
正直こんな異常事態が起こることは予測済みだ。恐らく、あの依頼はその原因を廉価で解決してもらうために出されたものだろう。この予想が当たっていたとしたら依頼者をどうしてくれようか。依頼者よ、お前のせいで初仕事だというのに割に合わないことをさせられるんだぞ。お前が! 依頼料を! ケチったからだぞ!! ……今こんなことを考えたってしょうがないか。
「異常事態が起こってるなら水源探すのやめて魔物の痕跡を辿ってみる?住処まで辿り着けるかも」
「いい判断だ。切り替えは大事だからな。早速実行してみるか」
直近で遭遇した魔物の痕跡を辿ってみる。最初に会ったのと同じ種の猪型の魔物。逃げ足の速いヤツらはくっきりとした足跡が残っている。その足跡が進む先、その方向は今まで私達が進んできた方と真逆。つまりは入口の方へと戻っている。少し損した気分だ。
そうして様々な負の感情を一歩一歩にこめながら歩いていたその時、身の毛のよだつような唸り声が聞こえた。私の穴だらけの知識でも、聞くだけで息苦しさを覚えるような声を出す生物はそういないことは分かる。
一歩踏み出すのが憂鬱になるほどの状況、アグニは私の服の袖を掴んで何の気なしに進んでいく。
「ちょっとぉ!! やめてよぉ!!」
「何言ってんだ。明らかにこの鳴き声出してるやつがここのボス格だろ。行く以外の選択肢なんかないに決まってるだろ」
「それでもぉ!!」
「いいから行くぞ!! ……おっ、ボスのお見えだぞー」
そう言ったアグニの視線の先、そこにいたのは大樹のように太い胴、鉱石ですら軽々と噛み砕いてしまいそうな顎、人間の体など撫でるように引き裂いてしまいそうな爪を持つ鰐型の魔物だった。
「さぁアルナ!! こっからが本番だぞ!! 頑張れよな!!」
戦いたくないです。




