3話 はじめて
私は硬い床の上で次の朝を迎えた。
あの野郎、早く寝ろとか言ってたくせに寝具を根こそぎ奪っていきやがった……「流石に布団はかせねぇわ!」とか笑ってほざきやがって ……まぁ推定化け物を押し付けられた上に寝具まで貸してやる義理がないのは確かだが。でもご飯作ってくれたし名前もつけてくれたし優しいと思ってたんだけどなー!!
そんなことを体を丸めながら考えていると、不意に耳障りな甲高い音が響いた。
「早く起きろよノロマ」
昨日見せた優しさが泡沫の夢だったかのようなシンプルかつ鋭い罵倒。それに手にはフライパンとお玉を持っている。なんて古典的な目覚ましなのだろうか。
こんなのに怒られていては癪だと思い、すぐに立ち上がった。
「服もそのままでいいからもう出るぞ ……おい待て、その床の凹みは何だ?」
彼の一言によって床に目を向けてみると、まるで芸術作品のように私の体に沿ってくっきりと凹んでいる。なるほど、私の体は確かに硬いもんな!凹みぐらいできるもんだよな!寝具を貸していればこうはならなかったのにな!!
……あっ、すごい悲しそうな顔してる。ごめんね。
「……もう、行く」
彼は顔を見せずに玄関から出て行った。私もすぐに後について行った。
目的地に到着した。道中一切の言葉を交わさず、踏み止まらずに淡々と歩いてきた。今の空気は最悪だ。
だがそんな空気は一瞬にして霧散する。目的であるギルドはプレッシャーすら感じさせるような立派な佇まいで、外からでも思わず耳に栓をしたくなるほどの人々の話し声が聞こえてくる。先程は空気が霧散したと言ったが、息苦しいほどの熱気を感じさせられては蒸発と言い換えた方がいいような気がしてくる。
この男……アグニも頭を肩に寄せて耳を塞いでいる。もしかしていっつもこんな感じ?……おっと、もう扉を開けている。早く行かなきゃ。
中に入った瞬間、あらゆる角度から視線がこちらに向けられる。そしてその場にいる全員が一斉に口を開く。
「ようアグニ!!」「おっアグニじゃーん!」「てめぇどの面下げて来やがった!!」「アグニ〜! 調子どうよ〜」「アグニー この前の借りってもう返したっけー」「アグニさん、この前はありがとうね〜!!」「アグニィィ!! ここであったが100年目ぇ!!」「アグニちゃんおひさ〜」「アグニー! 横の可愛い子誰だよー!」「アっくんそんな格好してるとお腹冷やすわよ〜」「アグニさーん!! ちょっと助けてくださいよー!!」「アグニ…… 今ここで決着をつけてやる……!」「アグニさーん、今日は何しに来たんスかー?」「アグニ!! オレとパーティを組め!! オマエとなら世界を変えられるんだ!!」「アグニ〜 今度飲み行こうぜ〜」
……どうやらアグニは人気者のようだ。多少変なヤツも混じってはいるが、聴き取った感じはみんなに愛されているみたい。……というか可愛い子って私のことかな?
「お前らクソうるせーんだよ!! 黙っとけ!! 俺は用事があんだよ!!」
怒声。もちろんこんなので喧騒が収まることはなく、用事は何だ、隣の奴は誰だとしつこく聞かれている。だがアグニは呆れた様子で何も言い返すことなくギルドの中を突き進む。そうして私とアグニは受付らしき場所に着いた。依然として視線を向けられながら。
「あのー、ポッさん呼んでくれます?」
アグニがそう言うと職員さんが下がり、少しの待ち時間の後に奥から小太りの老紳士が現れ私の目の前で咳払いをし、話し始めた。
「やぁアグニ君。昨日はありがとうね。今日はどうしたのかな? 昨日の分の報酬は渡したはずだが…… もしかしてこのお嬢さんの付き添いかい?」
「まぁそんなとこっすね。色々事情があるんですけど…… とりあえずイノベーター登録させにきました」
老紳士は私に目を合わせる。何だか品定めされているようでちょっと嫌だ。
「初めまして。ここの支部長を務めております。ポラルと申します。本日はイノベーターへの登録希望ということでよろしいでしょうか」
「あ、はい」
「それでしたらまずはこちらの誓約書をお読みください。ご確認いただけましたらこちらに氏名を記入し、あちらで印を押してください。印を押した時点で登録が完了いたします」
「分かりました」
えらく簡単だ。渡された誓約書は3枚程度、それに記入するのは名前だけ。騙されているんじゃないかというほど簡単だ。でもまぁ、疑ったところでどうにもならないからやるんだけどね。
「アルナ、後の説明はポッさんにしてもらえ。きっとお前が俺の次に世話になる人だ。敬意を持って接しろよ」
誓約書を読み終える前にどこかへ行ってしまった。無責任な奴め。大体ポッさんも丸投げされたら困るだろうよ。もう少しこの場にいてくれたっていいだろうよ。
不貞腐れながら記名まで終えた。あとは印を押すだけ……なのだがその印が見当たらない。どうすればいいのかさっぱりわからない。……よし、ポッさんに頼ろう!
「ポッ……ラルさん。印が見当たらないんだけどどこにありますか?」
そう言うとポッさんは目を丸くした。
「ん……? あぁ、魔力を流すだけでいいですよ」
そう言われて私も目を丸くした。
「魔力……?」
ポッさんはまた、目を丸くした。
「えっと……魔力が何なのか本当に分からない? 魔力っていうのはね……」
「あぁいいよポッさん。俺が教えとくから」
いつの間にか背後にアグニが立っていた。お早いお戻りじゃないか。
「アルナ、とりあえずなんか手のひらから力を流すイメージで紙に触れ」
雑なアドバイスだ。でもちゃんと教えようという意思を感じる。言われた通りにしようと思えるタイプのアドバイスだ。いっちょやってみますか!
手のひらから力を流すイメージ。放出ってことでいいのかな?こう……なんか何かを込める感じ?多分これでいいはず。……お!! すごい!! 紙に印がついてく!!
なにこれ!! 面白い!! でも印を押すっていうより入れるって感じだね!!
「これで登録完了だな。俺はまだ用があるからポッさんに相手してもらっとけ」
興奮している私を置いてまたどこかへ行ってしまった。でも正直そんなことはどうでもいい。魔力が何なのかすごく気になる! そして目の前にいるポッさんはそれを教えてくれるはず!
「ポラルさん! いっぱい聞きたいことがあるんですけどいいですか!!」
「……え、えぇ。 答えられる範囲なら何でも大丈夫ですよ」




