第47話 答え合わせ
昼を少し回った頃だったそうです。
四人は、東山の中腹にある半ば崩れた休み小屋で、息を潜めるように時間をやり過ごしていた。
屋根はある。壁は半分抜けてる。床板は軋む。
でも、風を少し避けられるだけで、こういうときはありがたいもんです。
雅楽さんが、ふっと立ち上がった。
「泉水くん」
やけに何でもない声だったとか。
世間話のはじまりみたいな声。
「ちょっといい?」
泉水さんが顔を上げる。
「はい。なんでしょう」
「外、付き合ってよ」
白夜さんは目を閉じたまま何も言わなかった。睦月さんだけが、ちらりと二人を見た。でも止めなかった。止める理由も、そのときはまだなかった。
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休み小屋の裏手に、杉が二本並んでいる場所があったそうです。
昼の光はあるのに、そこだけ妙に薄暗い。
雅楽さんは、そこで立ち止まった。
泉水さんも、少し離れて止まる。
「で」
雅楽さんが、まずそう言ったそうです。
「君さ」
一拍。
「儀は初めてって、嘘だよね」
いきなりでしょう。でも、あの人はそういう切り込み方をするんですよ。
泉水さんは、その瞬間だけ固まったそうです。
ほんの一瞬だけ。
でも、その一瞬で十分なんですよね。こういう人たちは。
固まった、という事実そのものが、もう答えの半分になってしまう。
それでも泉水さんは、すぐに穏やかな顔へ戻った。
「どうして、そう思うんですか」
声も変わらない。
呼吸も乱れない。
たいしたもんです。
雅楽さんは、それを見て少しだけ笑ったそうです。
「いや、確信はわりと前からあったんだけど。今日は答え合わせがしたくて」
「答え合わせ、ですか」
「うん。ほら、僕、気になると確かめたくなる性分だから」
そういう性分だから死刑になったんでしょうにね。
でも本人は、最後までそこを曲げなかった。
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「最初におかしいと思ったのは、二日目の夜かな」
雅楽さんは、指を一本立てたそうです。
「喜兵衛さんの店で、神獣の話をしてたとき」
泉水さんは、黙って聞いていた。
「君、白夜さんにこう聞いたよね。——“前の儀の他の参加者は、何か言ってなかったんですか。全部で何種類いるとか、どれが一番危ないとか”」
泉水さんの目が、わずかに動いたそうです。
「あの時点で、僕らが見た神獣は虎だけだった。白夜さんが『おそらくだが、七体』って言ったのはそのあとだ」
雅楽さんは、もう一本、指を立てた。
「つまり君は、あの時点で、複数種類いる前提で質問してる」
泉水さんは、まだ黙っていた。
「普通はそうは聞かないよ。“他にもいるんですか”ならわかる。けど君の聞き方は、“全部で何種類いるか知っている相手”にする聞き方だった」
「言葉の綾じゃないですか?」
泉水さんが、やわらかく返したそうです。
「そうかもしれませんよ。僕だって、思いついた言葉をそのまま出すことくらいあります」
「あるだろうね」
雅楽さんは、あっさり頷いたそうです。
「でも君は、そういう雑な言い方をほとんどしない人だ。だから気になった」
やさしい口調のまま、逃げ道だけは塞いでいく。
「四日目にさ、織姫を釣る作戦を幕府と組んだとき。僕は田沼さんに聞いたんだ。白夜さんと無幻以外に、過去の儀の生き残りはいるのかって」
泉水さんの表情は、まだ変わらない。
でもね。変わらないってのは、ある意味いちばん怪しいんですよ。ほんとに関係ない話なら、人は逆に少し表情が揺れますから。
「田沼さんは言った。白夜さんが前回、無幻が室町。もう一人、平安の儀の生き残りがいたとされている。陰陽師だった、と」
雅楽さんの髪が揺れる。泉水さんの前髪も揺れる。
「平安の儀の生き残りの陰陽師。千年の不死者」
雅楽さんは、そこで初めて泉水さんの目をまっすぐ見たそうです。
「——それが君じゃないかな」
雅楽さんは続けた。
「それと、無幻のこと」
「無幻さん?」
「あの脱落の仕方、おかしかったよね」
声が、ほんの少しだけ硬くなった。
「白夜さんに勝てなかったとして、あの場で結界の淵に自分から突っ込む理由がない。白いものを追いかけて——幻を見てた。何百年も戦い続けてきた武人が、あんな不自然な死に方をするかな」
一拍。
「あれ、君がやったんでしょう。幻覚が見える薬か何かを投与して」
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泉水さんは、しばらく何も言わなかったとか。
それから、ふっと息を吐いた。
「……参りましたね」
笑ったそうです。
穏やかに。ほんとにいつも通りに。
「そうです。僕は過去の儀の生存者です」
あっさりでした。
「隠していたのは、申し訳ありません。でも、いきなり千年生きているなんて言っても、信じてもらえないでしょう」
一拍。
「……みんなの仲間でいたかった。それは本当ですよ」
ここまではね。
ここまでなら、まだ間に合うんです。
“実は黙ってたことがあるんです”で済ませられる。
千年の不死者だった。怖い。でも、言えなかっただけなんだと。そういう物語にできる。
でも、雅楽さんは止まらなかった。
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「もう一つ聞いていい?」
その言い方が、やけにやさしかったそうです。
それが余計に怖いんですよ。
「鴉衆の泉水って人、本物はどこにいるの?」
風が、そこで一度だけ止んだ。
ようやく、泉水さんの顔が変わったそうです。
笑顔はそのまま。口元も穏やか。でも、目だけが変わる。
泉水さんは返事をしなかったそうです。
山の音だけがした。遠くの水音。杉の上を渡る風の音。
それだけで、十分だったんですよ。
雅楽さんは、その沈黙だけで十分だったんでしょうね。
少しだけ肩をすくめたそうです。
「……やっぱりか」
自分で答え合わせをして、勝手に納得した声。
そこがね。あの人が死刑になる所以なんですよ。気づいた以上は最後まで確かめずにいられない。
「……雅楽さん」
泉水さんは、まだ笑っていたそうです。
でもその笑顔は、もうさっきまでの穏やかさじゃなかった。
表情の形だけが同じで、中身はもう別のもの。
「あなたのことは、本当に好きでしたよ」
嘘じゃなかったんでしょうね。
そこがいちばんたちが悪い。
本当に好きだった。
好きだったけど、邪魔になるなら消す。
あの人はそういう人だったんです。
「……あーあ」
雅楽さんは、少しだけ笑ったそうです。
諦めたみたいに。でも、どこか満足したみたいにも。
「やっぱり、僕変わらないな」
泉水さんは何も言わない。
「黙ってれば、助かる場面って、昔から何度かあったんだけどさ」
一拍。
「でも、答え合わせのほうが面白いんだよね」
そこで雅楽さんは、少しだけ空を見たそうです。
冬の手前の、白い朝の空。
「……悪くない儀だったよ。退屈しなかった」
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その次のことは、あたしも細かくは知りません。
どんな術で殺したのか。どういう間合いだったのか。
ただ、一つだけ。
地面が、ひとつ脈を打ったみたいに見えたそうです。
杉の根元の土がわずかに盛り上がって、蔦が一筋、音もなく走った。
雅楽さんの声は、そこで途切れた。
長くはなかったそうです。
悲鳴も、たぶん。
あの人、死ぬときまで大げさにしなかったんでしょうね。
いや、大げさにする暇もなかったのかもしれませんが。
影は、いつも通り来たそうです。
死体を持っていくために。
だから、あとには何も残らなかった。
血も。形も。
ただ、泉水さんが一人で戻ってきた。




