第17話 漁夫の利
四人はまず東山に登ったそうです。一日目と同じ場所。尾根の突端。眼下に京の盆地。
雅楽さんが扇子を開いた。
「さて。まずは動き方を決めよう。——昨日と同じじゃ生き残れない」
雅楽さんが語ったのは、こういう話でした。
「欠片を持ってるとバレる。検知されたら柱が見えるからね。集めれば集めるほど狙われやすくなる。——だから欠片は一箇所に集める」
雅楽さんは白夜さんを見た。
「白夜さん。あなたに金庫番をやってほしいんだ」
「……金庫番?」
「欠片を全部預かってもらう。町から離れた高台で守る。白夜さんのところに欠片が集まってるのが検知でバレたとしても——蒼い炎の狐がいるとわかれば、普通の参加者は近寄らない」
白夜さんの目が細くなった。
「……俺が座って待ってるだけってことか」
「ただ座ってるだけじゃないよ。最初の一つは一緒に取りに行く。それを白夜さんに預けて、僕は空身で次を探しに行く。欠片を持っていない人間は検知に映らない。——他の参加者から見たら、そこにいないのと同じだ」
白夜さんは面倒くさそうに首を鳴らした。でも、否定はしなかった。
「探し方は」
「幕府の連中は朝、検知を使って散る。二十五人を五班くらいに分けて、方角ごとに探す。組織だからやり口が読みやすい。毎朝同じことをやるから」
「どう読む」
「朝一番に山の上から見る。幕府の班が散り始めたら、どの方角に何人向かったかで、柱の分布が推測できる。大人数が向かう方角には柱が多い。少人数の方角は少ない。——で、僕たちは幕府が薄い方角に行く」
「それと、検知の使い方。朝、ほとんどの参加者が検知を使う。柱が見えて、走り出す。でも検知はすぐに切れる。現場に着いた頃にはもう見えなくなってて、あとは手探り。——僕たちは朝一番には使わない」
「使わないでどうする」
「先に走り出した奴の後をつける。方角で柱の位置はだいたいわかる。そいつが現場で手探りを始めた頃合いで、僕たちが検知を使う。正確な位置が見える。先に取る」
白夜さんは鼻を鳴らした。
「性格悪いな」
「褒め言葉として受け取っておくよ」
「褒めてねーよ」
「一つ目を取ったら白夜さんに預けて、白夜さんは高台に移動。僕は空身のまま次を探す。——問題は、僕一人で動くのは危ないってこと。戦えないからね。もう一人、剣の立つ奴がいれば完璧なんだけど」
「当てはあるのか」
「今はない。だから今日は妥協する。白夜さんが金庫番に入った後は、僕は白夜さんの近くで動くか、単独で行けるところだけ行くか、成り行きで」
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「組の分け方なんだけど」
雅楽さんは続けた。
「白夜さんと僕が一組。睦月さんと泉水さんが一組」
睦月さんがここで口を開いた。
「……一つ、伝えておくことがあります。検知が、私はうまく使えませんでした。昨日、清十郎さんといたとき——刻印に血をつけても、何も起きなかった」
雅楽さんの扇子が止まった。
「……へえ」
「白夜さん、前の儀でそういうことはあった? 検知が使えない参加者」
「……知らね。前は検知のやり方も手探りで覚えたし、他の参加者がどうだったかなんて見てなかった」
「使えない人がいるかどうか自体、わからないと」
「ああ。俺は使えた。それしか知らね」
「もう一度試してみませんか?」
泉水さんが穏やかに言った。
睦月さんが頷いた。右腕の刻印に、短刀で切った指先の血をつける。
——何も起きなかった。目の色は変わらない。柱も見えない。
「……すみません。やはり反応しません」
「何か条件があるのかもしれないし、相性みたいなものかもしれない。わかりませんが——どちらにしても、僕が検知できますから。僕と睦月さんで組めば問題ありません」
雅楽さんが扇子の先で自分の顎をなぞった。
「ふうん」
扇子がぱちんと閉じた。
「まあいいか、今は。——泉水さんの言う通り、組み方で補えるなら先に動こう。泉水さんが位置を絞って、睦月さんが周囲を警戒しながら回収する。取ったらすぐ白夜さんのところに届ける。——いいね、それで」
睦月さんが「了解です」と短く答えた。
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刻印がじわりと動いた。紋様が崩れて、数字に変わる。
六十。
「六十か。——読み通りだね」
雅楽さんが呟いた。昨夜、百膳堂で「六十前後」と見立てた数字がそのまま出た。
「じゃあ、幕府の動きを見よう」
雅楽さんが盆地のほうに目を向けた。
朝の町が動き始めている。しばらくして——二条城の方角から、まとまった人の流れが散開していく。北に大きな塊。南にも二つ。東にひとつ。西に——小さいのが一つ。
「五手に散ったね。北と南に人数が偏ってる。西に向かったのは一番少ない。——あっちだ」
「西は嵐山だろ。結界の淵に近い」
「そう。淵に近いから柱も少ないし、危険も多い。幕府は組織だから、割に合わない場所には大人数を回さない。でもね、連中が拾わないものを拾うのが僕たちの仕事だよ」
四人は山を下りた。町に入る手前で二手に分かれる。
「睦月さん、泉水さん。南の方角をお願い。集合は申の刻、東山のいつもの場所の少し下——杉の大木が三本並んでるところ」
「了解です」
睦月さんと泉水さんが南に向かう。白夜さんと雅楽さんは西へ。
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町に降りた白夜さんと雅楽さんは、西に向かって歩き始めた。
歩く。走らない。雅楽さんが「走ると目立つ」と言ったそうです。朝の町を、散歩でもするみたいにふらふらと。白夜さんはもともとそういう歩き方ですから、むしろ自然だったでしょうね。
四条通を西へ。町屋が並ぶ通り。味噌屋の前を通り過ぎて、呉服屋の角を折れる。朝の匂い。炭と味噌と、どこかから焼き魚の脂の匂い。
雅楽さんは歩きながら、ずっと周囲を見ていたそうです。
目が違うんですよ、あの人は。同じ景色を見ていても、見ているものが違う。町人の流れ、路地の影、屋根の上。参加者かどうかを、歩き方と目つきで仕分けている。
「……あそこ」
雅楽さんが顎で示した。三本先の通り。男が一人、辻に立っている。刀を帯に差して、きょろきょろしている。
「さっき検知を使って走ってきた。方角はここの先、嵐山寄り。でも町に入って目印がなくなって迷ってる」
「つけるのか」
「うん。近づきすぎないで」
二人は距離を保って、男の後をつけた。
男は嵐山に向かう道を進んでいく。途中で何度も立ち止まり、地面を見たり、路地を覗き込んだりしている。検知が切れた後の手探り。
天龍寺の裏手を過ぎて、男が竹藪に入っていった。
雅楽さんが白夜さんの袖を引いた。
「ここ。——白夜さん、検知を」
白夜さんは肩の刻印に血をつけた。目が赤みを帯びる。
「……あった。竹藪の奥。あいつがうろうろしてる場所のさらに先」
「行ける?」
「余裕」
白夜さんは竹藪に入った。竹の間を縫うように。足音を殺して。——百年以上京都をうろついていた男ですからね、この手の藪を走り抜けるのは得意なんでしょう。
男がまだ手前のほうで地面をひっくり返している間に、白夜さんは奥の祠の裏に転がっていた欠片を拾い上げた。
脈打っている。とくん、とくん。
男が気づいたときには、白夜さんはもう竹藪から出てきていた。
「お、おい! それは——」
「悪いな」
白夜さんは振り返りもしなかった。
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「一つ目」
雅楽さんが小さく笑った。扇子をぱちんと閉じる。
「順調だ。——じゃあ白夜さん、これ持って高台に」
白夜さんは欠片を懐に入れたまま、雅楽さんを見た。
「……お前一人で大丈夫なのかよ。戦えないんだろ」
「大丈夫じゃないよ。全然大丈夫じゃない」
雅楽さんは扇子を開いて、口元を隠した。
「でも、白夜さんが欠片を持って町をうろうろしてるほうがまずい。他の参加者が検知したら、柱が歩いてるのが見えるわけだから。——僕が死ぬのと、欠片が奪われて全員死ぬのと、どっちがまずいかって話」
「…………」
「冗談だよ。死なないように頑張るから」
白夜さんは東に向かって歩き出した。二、三歩行って、足を止めた。
「……そういや、昨日の探索中に河童を見た」
「河童?」
「二刀流の。鴨川沿いで猿の妖怪と取っ組み合いしてた。馬鹿みたいにでかい声で怒鳴ってたから嫌でも目についた」
「腕は?」
「立つ。あの二刀は速かった。——幕府の手勢じゃない。一人で動いてた」
雅楽さんの目が変わった。扇子の影から覗くその目が、猫が鳥を見つけたときに似ていたと、白夜さんはあとで言ってました。
「今日も生きてるかな、その河童」
「知らね。昨日の話だ」
「……もし見かけたら、僕が声かける。あとは僕の問題だから、白夜さんは気にしないで高台に行って」
「好きにしろ」
白夜さんは振り返った。
「死ぬなよ」
それだけ言って、朝の町並みに消えていった。
——雅楽さんが一人で嵐山の奥に向かったのは、それからすぐのことだったそうです。
空身の、扇子しか持たない男が、一人で。
次のお話をしましょうか。




