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第16話 死刑囚

 まあ、いきなり「よろしく」と言われても、白夜さんが受け入れるはずないでしょう。


「帰れよ。知らない奴と組む気はねえ」


「冷たいなあ。まあ、そうだろうと思ったけど」


 雅楽さんは扇子をぱちりと開いた。口元を隠す。目だけがこちらを見ている。


「昨日の夕方、路地で泥の妖怪を焼いてたでしょ。屋根の上から見てた。——あの蒼い火、すごいね。組むなら、ああいう人がいい」


「……見てたのかよ」


「僕は戦えないからね。誰と組むかが生死を分ける。一日かけて、使えそうな人間を探してたんだよ」


 白夜さんは舌打ちした。


 睦月さんが口を開いた。


「あなたは何者なんですか」


「死刑囚。幕府に連れてこられた、ただの駒だよ。死刑か儀か選べって言われてさ。どっちも死ぬじゃんって思ったけど、まあ、こっちのほうが面白そうだったから」


 扇子をぱちんと閉じて、先に進めた。


「で、初日は幕府の班に入れられて、言われたとおり欠片を集めてた。二個取って、一個上納。おとなしい死刑囚として」


「幕府派の参加者か」


「そう。だけど、途中で織姫ってやつに班が襲われてね。僕は自分の着物を破いて血をつけて、死体の横に置いて逃げた。班の生き残りは『あの死刑囚は死んだ』と報告する。帳簿から名前が消える。以上、自由の身」


 白夜さんが鼻を鳴らした。呆れたのか、感心したのか。


「初日でそれやったのかよ」


「だって、あのまま飼われてたらいずれ切り捨てられるでしょ。欠片が減っていけば、死刑囚から順に見捨てられる。そんなの初日でわかるよ」


 ——ここで少し脱線しますがね。雅楽さんの素性は、あとになってからいろいろわかったことです。


 山県大弐って学者がいましてね。つい二ヶ月前に処刑された人です。尊王論がどうの、幕府への反逆がどうの、と騒がれましたが——あたしに言わせりゃ、あんなもの権力の都合で潰されただけですよ。門人が保身で密告して、お上が面子のために首を刎ねた。よくある話です。よくある話だから怖いんですがね。


 雅楽さんはその門人の一人だったそうです。思想に傾倒してたわけじゃない。大弐先生の兵学の講義が面白かったから通ってただけ。——この人はそういう人なんですよ。面白ければ首が飛ぶ場所にも足を運ぶ。


 で、取り調べのときに、奉行の論理の矛盾を指摘してしまった。黙ってりゃ放免されたのに。他の門人は黙って頭を下げて、さっさと許されて帰っていったそうですよ。


 結果、「不敬」で死刑。


 面白いことを見つけたら黙っていられない。それで身を滅ぼす。——あとで別の場面でも同じことが起きるんですが、それはまあ、先の話です。


---


 話を戻しましょう。


 あたしは茶を淹れ直しましたよ。この男にも一杯。


「お代はいただきますからね」


「ああ、払いますよ」


 雅楽さんは茶を啜って、それから白夜さんをまっすぐ見た。


「組まない?」


「断る」


「まだ理由を言ってないのに」


「知らない奴と組む理由がない」


「あるよ。僕は幕府の班にいたから、幕府のやり口を知ってる。配下が何人いて、どう動くか。検知の使い方も、上納の仕組みも。——それにさ、今日の欠片がいくつ出るか、見当つく?」


「……知らねえよ。朝になりゃわかるだろ」


「昨日は九十だった。仮に六十前後まで減るとする。幕府の連中が二十五人くらい生き残ってて、全員二個ずつ取るなら、それだけで五十。残り十を、僕たちを含めた三十人くらいで取り合う」


「…………」


「三人に一個だよ。しかも織姫みたいなのもいる。幕府の動きが読める人間がいるのといないのとじゃ、だいぶ違うと思うけど」


 白夜さんは天井を見た。それからあたしを見た。あたしは知らん顔をして算盤を弾いてましたよ。


「……お前、戦えるのか」


「全然」


「……は?」


「戦闘力はゼロ。扇子しか持ってない。でも、昨日、幕府の班がどこを探したか、何人がどの方角に行ったか、織姫がどこに罠を張ったか、全部見てた。情報はある。——悪い取引じゃないと思うけど」


 白夜さんは溜息をついた。大きな溜息。あの人の溜息は、だいたい「面倒くせえけどしょうがない」の合図です。


「……勝手にしろ」


「ありがとう。よろしくね」


 雅楽さんはにっこり笑った。


 白夜さんは目を閉じた。


 泉水さんが穏やかに「よろしくお願いします」と言って、睦月さんは黙って頷いた。


 あたしは四人目の茶を出しましたよ。


「お代は——」


「お兄ちゃん」


 奥から小鈴の声。


「お客さんが来たならお茶くらい出してあげなよ、無料で」


「何言ってるんですか。うちは慈善事業じゃ——」


「お代は払いますから大丈夫ですよ」


 雅楽さんが懐から銭を出した。ちゃんと払う客は好感が持てますね。白夜さんも見習ってほしい。


---


 ここで泉水さんがさりげなく口を挟んだんですよ。


「ひとつだけ、確認しておきたいことがあるんですが」


 全員の目が泉水さんに向いた。


「儀の最終日。欠片がいくつ残るか、わかりませんよね。もし僕たちの人数より少なかったら——全員は生き残れない」


 座敷の空気が、少しだけ変わった。


 みんな、わかっていたんでしょう。わかっていて、口にしなかっただけです。商人のあたしでもわかりますよ。席が減っていく遊びで、最後まで全員座れる保証なんかどこにもない。


 白夜さんは目を閉じたまま何も言わなかった。睦月さんも黙っていた。雅楽さんは扇子を開いて、口元を隠していた。


「……でも」


 泉水さんは続けた。声は変わらない。穏やかなまま。


「今回は六日間です。過去の儀より一日短い。最終日に残る欠片は、七日間のときより多いかもしれない。——全員分あるかどうかはわかりませんが、可能性はある。それに賭けるしかないですよね」


「……まあ、そうだな」


 白夜さんがぼそりと言った。肯定でも否定でもない。ただ、今はそれしかない、という声だった。


 泉水さんが少しだけ笑った。「みんなで生き残りましょう」


 ——いい言葉でしょう。優しい言葉です。


 雅楽さんが立ち上がりながら、何気ない調子で言った。


「そうだね。——まあでも、これが最後の儀だろうからね。最終日に何が起こるかわからないけどね」


 白夜さんの目が開いた。


「……なんだって?」


「最後だよ。贄の儀は今回で終わり」


「なんでわかる」


 雅楽さんは握り飯を受け取りながら——あたしが渡したやつです、鮭の——扇子の先で空を指した。


「欠片の話なんだけどさ。みんな、あれが神の体の欠片だと思ってるでしょ。九十に砕かれた、っていう伝承を聞いて」


「……ああ」


「でも変だと思わない? 神が欠片を集めたいなら、なんで毎日参加者を減らすの。集める人間は多いほうがいいじゃない。それに、初日に九十の欠片を出して回収したら、それで揃うはずでしょ。なのに翌日もまた欠片が出る。七日間もかけて。——集めさせてるのは欠片じゃないんだよ」


 睦月さんが首を傾げた。


「じゃあ、何を……」


「禍月」


 雅楽さんは扇子を閉じた。ぱちん。


「過去の儀は十二回。全部七日間。一回につき禍月が七つ。十二かける七で八十四。今回は十三回目で六日間。六つの禍月。八十四に六を足すと——」


「九十」


 白夜さんが言った。声が低かった。


「神の体が砕かれた数と同じだ。欠片じゃなくて、禍月が九十。今回で全部揃う」


 雅楽さんは笑わなかった。いつもの軽い調子でもなかった。ただ事実を並べている声だった。


「全部揃ったら何が起きるかは、僕にもわからない。——でも、最後だってことは、たぶん間違いない」


 白夜さんの顔色が変わっていた。


 あたしにはわかりましたよ。白夜さんは百五十年前の儀の勝者です。あの儀で何が起きたか、体で覚えている。それが「最後」だということの意味を——あの人は、理屈じゃなくて肌で感じたんでしょう。


---


「それじゃ、出ましょうか」


 泉水さんが立ち上がった。


 あたしは——まあ、いつも通り、握り飯を握ってましたよ。笹の葉で包んで、塩をきかせて。今日は四つ。あたしの分はなし。さすがに毎日おまけはつけられない。


「白夜さん」


「ん」


「はい、これ」


 笹の包みを渡す。白夜さんは受け取って、匂いを嗅いだ。


「鮭か」


「朝の残りです。残り物ですから——」


「半額だろ。知ってるよ」


「わかってるならいいんです」


 雅楽さんにも一つ渡した。「ありがとう、喜兵衛さん」。ちゃんとお礼を言える人ですね。


 睦月さんに渡したとき、睦月さんが少しだけ頭を下げた。何か言いかけて、やめた。


「……ありがとうございます」


「いってらっしゃい。——全員、帰ってきてくださいよ」


 小鈴が奥から「気をつけてくださいね」と声をかけた。


 四人が暗い裏路地に消えていく。


 ——あたしは帳場に戻って、算盤を弾きました。


 四人分の朝飯。四人分の握り飯。四人分の宿泊費。


 ちゃんと帰ってこなきゃ困りますよ。勘定がつかないじゃないですか。


 ……まあ、勘定だけの話じゃないんですが。


 そういうことは、言わないのが商人ですからね。

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