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18-2.暗闇の中――ノア。

18-2.


 暗闇の中で目を覚ます。自分の部屋かと思ったが、家に帰った覚えがない。

 何時だ。辺りに目をやる。自室にあるはずの蛍光時計が見あたらない。やはりノアの家で酔いつぶれたか。部屋が暗い。掛け布団の中から腕を引っ張り出すが、腕時計の針も見えない。

 ノア父母につられて飲みすぎた。人生で初というほど飲んだ。シャンパン、泡盛、ウォッカ、テキーラ、焼酎その他、ごっちゃに飲んだ。まだ頭の中がふわふわしている。

 太股のあたりに固い感触があった。携帯電話か。

 ズボンのポケットに手を入れる。

 携帯を取り出してボタンを押すと画面が光った。眩しい。時刻は午前二時過ぎ。

 携帯の明かりで天井を照らしてみて、やはり自分の部屋ではないなと認識する。ノアの家の客間か。しまったな。気をつけていたはずが、つぶれるほど飲むとは。この時間では電車も動いていない。仕方ないこのまま泊めてもらおう。目を閉じようとしたとき、隣で何かが動いた。

 自分が寝ている隣に携帯の画面を向けてみて、ぎょっとした。ノア。

 至近距離にノアの顔があった。とっさに携帯画面をベッドに伏せる。明かりがなくなる。

 どういうことだ。まさか―――。

 混乱し、首もとに手をやる。制服のシャツの衿が指先に触れる。ほっとしつつ、念のため自分の全服装を確認する。ブレザーは脱いでいるものの、後は全部ちゃんと着ている。シャツのボタンも一番上以外、開けていない。さすがに泥酔してノアに手を出すような真似はしていないか。

 目が暗闇に慣れてくる。

 部屋を見回す。ベッドはそんなに広くない。部屋の隅には勉強机らしき陰。ノアの部屋か。

 しかしノア父母、大事な一人娘と俺を一緒のシングルベッドに寝かせておくとはどういうつもりだ。俺がノアに手を出したらどうするつもりなのか。酔って朝まで眠りこけると思われたのか、それとも相当信用されているのか。

 ため息をついて上体を起こした。酔いで頭がくらくらする。

 真冬だ。部屋にストーブはない。エアコンらしき陰が天井付近に見えたが、電源はついていない。さすがに布団から出ると寒い。

 ノアが隣で眠っている。ノアの呼吸に合わせて、規則正しく、かすかに布団が上下している。

 子どもみたいだ。かわいいな、とぼんやり思った。つい癖で、ぽん、とその頭をなでた。

 ノア父母の感覚はよくわからないが、しかし、とりあえずこの状況はまずいだろう。部屋から出ることにする。

 ベッドから降りて、ノアが寒くないよう布団を肩口までかけてやり、暗闇の中でドアを探す。引き戸か。開けようとして、がつんとなにかにぶつかった。開かない。鍵でもかかっているのか。携帯で照らしてみたが、鍵のある引き戸ではなかった。もう一度引き戸に手をかけるが、やはり開かない。

 どうなってんだ。

 寒い。とりあえずブレザー探すか。携帯の明かりで、部屋をぐるりと照らす。

 ブレザーがハンガーにでもかけられてどこかにあると予想していたが、ないな。

 うーん。

 まだ酔っている。目線を動かすと、あたりの景色が遅れてついてくる。

 寒いし、部屋から出れないし、出たとしてもこんな深夜に毛布をくれとノア父母を起こすのは気が引ける。相手はノアで手を出す気などさらさらないし、もういっそこのまま一緒に寝かせてもらうか。

 ベッドに戻りかけて、ベッドボードに物が置かれていることに気が付いた。

 なんだこれ、と小物を手に取る。時計にしては軽い。感触からして箱か。ちょうどキャラメルの箱ぐらいのサイズ。しかしキャラメルより軽い。

 携帯で小箱を照らしてみてぎょっとした。未開封の―――。

 ベッドボードに携帯の画面を向ける。明かりで何が置いてあるのか判明する。

 バスタオルと、ティッシュと、この箱と。ノアが自分で用意したとは思えない。

 いつぞやのノア母のメールを思い出す。

 ―――初体験おめでとう! 日本ではお赤飯を炊くのかしらね。避妊はしっかりね!

 おいおい……。

 このポンコツは誤解を解いたんじゃなかったのか。それともパーティに来たから、そういう間柄だと思われたのか。

 ため息をついた。部屋から出れないのもそういう意味か。手を出せってことか。外から、つっかえ棒か何かしてるのか。俺がトイレに行きたくなったらどうするつもりなんだ。部屋から叫んでノア父母を叩き起こせってか。

 小箱をバスタオルの上に戻す。ベッドに腰掛ける。

 暗闇の中、布団にくるまっているノアを眺めて、かわいいなと、また、頭をなでた。

 俺にとってノアは、素直でかわいくてずば抜けて勘のいい、直属の部下だ。

 かわいい部下。

 かわいい―――。

 ふと、ノアに触りたいと思った。

 ノアの穏やかな寝顔の両側に手のひらをついて、間近でノアを見下ろした。ベッドがきしむ。

 生徒会長といえど、俺も一応は健全な男子高校生であって。

 想像があらぬ方向へ行く。心拍数が上がる。

 やめろ。自制をかけた。ベッドから体を起こした。

 酔っている。ノアを見て血迷うなど。

 寒い。

 明日から冬休みだ。学校は休みだ。このまま朝になって、風邪を引いて数日寝込んでも生徒会業務に支障はない。

 支障はないが、寒い。

 寝ているのはポンコツだ。間抜けなポンコツ。

 妙な気が起きたのは酔っているせいだ。

 自分の健康を取った。再びベッドに潜り込んで、天井を見上げる。隣を見れば無防備なノアの寝顔がこっちを向いていて、かわいいなと、また手を伸ばした。

 ノアの頬に触れる前に、手を止めた。手の甲を自分の額に押し当てた。

 酔って、直属の部下相手に、何を、やってんだか―――。

 ノアに背を向けた。ノアからなるべく離れて目を閉じた。もしノアの方を向いたら、もう一度手を伸ばしたら、一線越える気がした。

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