18-1.クリスマス当日-記憶が途切れた。
18-1.クリスマス当日
副会長の三浦が木曜の仕事を半分程度やっておいてくれたおかげで、金曜はなんとか夕方六時に学校を出れた。ノアと一緒に地下鉄に乗って、ノアの家へ向かう。
「プレゼントが、たくさんですね。会長は人気がありますね」
俺の持ったポリ袋を見て、ノアが言う。女子はどうやらクリスマス当日よりイブの方が気合いが入るらしく、プレゼントは昨日より減ったが、それでもカバンに収まりきらなかった。
「お前、どれかいる? いっそこの袋ごとやるけど」
ポリ袋を押しつけようとすると、ノアは慌てて手を振った。
「いえ、会長への贈り物ですから、いただけません。私がいただいてしまったらみなさんが悲しみます」
ノアも「会長が全部消費しろ」派か。
「俺がお前にやったところで、どうせわからんだろ。やる。ほら」
「わからなくても、いけません。いただけません」
いつも俺の言うことを素直に聞くノアが頑なに断るので諦める。
地下鉄を降りて十分程度、道を覚えながら歩く。
閑静な住宅街だ。夜遅くこの道を帰らせるのはやはり危なかったな、と体育祭仕事での連日マクドナルドを反省する。
ノアの家は、でかい一軒家だった。家の外壁にも庭にも派手に電飾が飾られ、大きなサンタの空気人形が、二階のベランダによじ登る体勢でくくりつけられていた。
家の脇の駐車場には高級外車が二台停まっている。ノアはお嬢様なのか。持参したウォッカと泡盛の値段に不安を覚える。安物すぎたか。
ノアが自分の家のチャイムを押す。玄関のドアが開いて、いきなりクラッカーを鳴らされた。クラッカーのなかみが頭に降りかかり、玄関先に散らばる。のっけからこのテンションか。
「Merry Xmas! Welcome to my home,Akira!」
出迎えたのは父母両方だ。流れるような英語で発音された。
俺も英語は不得意ではないが、それは学校の勉強上の話であって、リスニングはまだしも、ネイティブと同レベルで会話できるほどのスピーチ力はない。
どうにかこうにか、英語で挨拶を返す。
ノアが早口の英語で、両親に何か言った。父母が同時にノアに言い返す。ネイティブの早口二人分ともなると、もはや内容が聞き取れない。
「ごめんね、アキラ! 嬉しくてつい英語になっちゃった。日本語にするね!」
ノア母が笑いながら陽気に言う。訛りのない完璧な日本語だった。
「いらっしゃい、待ってたよ。どうぞ上がって」
ノア父が穏やかに微笑む。こちらも完璧な日本語。
「助かります。すみません。お邪魔します」
苦笑いを浮かべ、家に入れてもらう。靴を揃えて家に上がった途端、ノア母から抱きしめられて頬にキスされた。ぎょっとする。
「お、お母さん、いけません。会長は日本の方ですから、スキンシップはいけません」
ノアが慌ててノア母を俺から引き離す。
「あら、いいじゃない。体育祭でも見てたけど、近くで見るとアキラはますますかっこいいわ。キラキラしてる」
ノア母がノアを抱きしめてキスする。ノアも母にキスを返す。
ほんとにアメリカ式だな。愛されているな、ノア。
広いリビングに通された。天井まで届きそうな本物の木らしいクリスマスツリーが飾られ、ツリーのもとにたくさんのプレゼントの包みが置かれていた。
「まずは食べましょうか。お腹すいたでしょ」
ノア母がそう言って俺を四人掛けのダイニングテーブルに座らせる。俺とノアが隣、向かいにノアの両親。
ノア父がシャンパンの栓を開けて、グラスに注ぎ分ける。
「じゃ、アキラと乃亜に乾杯。メリークリスマス!」
ノア父がグラスを掲げる。ノアとノア母がはしゃいでグラスを上げる。
「メリークリスマス!」
シャンパンをいただく。シャンメリーなどではなく、ほんとのお酒だった。上品で甘い味。親戚の結婚式で出されたシャンパンより、はるかに旨い。どんだけ高級品なんだ。
「これ、つまらないものですが、どうぞ」
ネットで買った泡盛とウォッカをノア父へ差し出す。
「お、ありがとアキラ。泡盛おいしいよね。アキラも好き?」
俺も自宅で多少酒を飲むが、さすがに泡盛は飲んだことがない。
「泡盛、飲んだことないんです。お気に召すといいんですが」
「じゃ、一緒に飲もう。もし苦手だったらワインもビールもあるから、好きなの言ってね」
ノア父が席を立ち、対面式キッチンの向こうからマグカップを四つ持ってくる。俺の泡盛をさっそく注いで配った。
「あ、おいしい! アキラ、お酒選ぶのも上手なのね!」
あっという間にシャンパンを飲み干した上で泡盛をごくごく飲んで、ノア母が俺を誉める。
泡盛って、アルコール度数相当高くないか。そんな、お茶のように飲むものなのか。
「うん、おいしい。これいいね。うちでも今度買ってみようかな。どこで買ったの?」
ノア父もマグカップをすっかり空にして、二杯目を手酌している。
言うと値段がばれるなと思いつつ、ネットで買ったことを話す。
「おいしいですね、はい。深みのある味です。さすが会長です」
ノアも平気な顔で泡盛を飲んでいる。もしやこいつも大酒飲みか。俺もシャンパンを飲み干して、泡盛のマグカップに手を伸ばす。
なるほど、こういう味か。しかしこれはアルコールが強い。ノア父母の真似などしたらあっという間に酔いつぶれる。
気をつけながら飲む。ノア母とノア父が、代わる代わる、続々と料理を運んでくる。
生徒会の話、体育祭の話、ノアのインタビューの話。ノアの両親は聞き上手だった。俺は話しやすかった。ノアも楽しそうに、学校で見る姿より、ずっとたくさん話していた。「会長はすごいのです」と、嬉しそうに何度も言っていた。
食べて飲む。話して笑って飲む。どんどん飲む。泡盛を終えてウォッカに行き、ウォッカもすべて飲み干してシャンパンの大瓶を空にする。ノア父が新しいお酒を持ってくる。
体育祭の信号ノートの話をしていたノアが、急に椅子の上でふらついた。
ノア父がテーブルの向かいから手を伸ばして、片手でノアを支える。ノアを軽々と抱えて言った。
「寝かせてくるね」
「はーい、よろしくね」
ノア母が陽気に片手を挙げ、俺にウィンクした。
「あの子、あんまりお酒に強くないのよ。アキラが来てくれたから、つい飲んじゃったみたいね」
酒に強くないって誰基準だ。あいつ、泡盛もウォッカも相当飲んでたぞ。しかしノアがつぶれたのだったら。
「では、俺はそろそろお暇します。ごちそうさまでした。おいしかったです」
俺が礼を述べると、ノア母は笑った。
「もうちょっと付き合ってよ、アキラ。お話しましょ」
ノア父が戻ってくる。
「アキラ、僕らの話も聞いてよ。あのね……」
ノアがいる間は聞き役だったノア父母が、話し手に回る。
ブラジル、イギリス、韓国の話。土地の風習、現地ならではのアクシデントもろもろ。
「ノアって韓国にも住んでたんですか?」
最初はノアさんと呼んでいたのだが、酔いが回って楽しくなって、すっかり呼び捨てになっていた。
「うん。乃亜が小学三年生の時かな。半年ぐらいだけど。はいどうぞ」
ノア父が俺のコップに焼酎を注ぎながら言う。体育祭で見かけた、東洋人の観客とノアとの会話。あれは韓国語だったのか。
「韓国っておもしろいのよ。男の子にだけ徴兵制度があるでしょ。男の子は特にサッカーが好きでしょ。だけど女の子はサッカーに興味がないの。だから、韓国の女の子にとって、男の子が兵隊でサッカーをしたっていう話が一番ウケが悪いのよ。日本にはない話よね」
ノア母が朗らかに笑う。
俺も笑った。笑って、酒を注がれるままに、飲んで飲んで飲んで。
「ノアは何カ国語話せるんですか?」
視界が回り始めていた。
「んー、ブラジルの先住民族の言葉も入れると九カ国語ぐらいかなぁ。僕らは二十五カ国語ぐらいだから、あの子もまだまだだねぇ。今、スペイン語を教えてるとこ」
ノア父のそんな話を耳にしたのを最後に、記憶が途切れた。




