13-3.体育祭当日~「ノア、何してる! 本部だ 走れ!」
13-3.体育祭当日
自分の競技を終え、全速力で本部に戻る。本部は大混乱になっていた。
点数確認を最優先にしたせいで、体育委員長の吉岡の全体指示が滞っていた。迷子のアナウンスも頻繁に入る。じりじりと時間が押している。焦ってさらに指示が遅れる。悪循環だ。
真っ先にフォローすべきなのはどこだ。吉岡か。
「吉岡、点数は俺がやる。お前は点数以外を見ろ。時間優先だ。誘導で時間を巻け」
吉岡が頷いて、俺と席を代わる。俺の左隣に座る。
「何が起きた」
右隣に座っている点数係の斉藤に聞くと、斉藤は泣きそうな顔で俺を見た。各競技の順位表が机の上で散らばっていた。
「わ、わかりません。点数が合いません。どこから狂ったのかも」
「落ち着け。俺がフォローする。大丈夫だ」
笑ってみせて、トランシーバを手に取る。掲示板の点数は第十競技のままで止まっていた。第六競技までは点数も合っていたはず。点数掲示を第六競技まで巻き戻すか―――いや、各組の生徒が混乱する。実際の競技と点数掲示の時間差がつきすぎると、自分の組の順位が実感しにくくなる。生徒の競争意識が下がる。
トランシーバの発声スイッチを押した。
「こちら会長。全員へ。点数がおかしいが今から確認する。掲示係へ。点数掲示はそのまま保持。指示を待て」
了解、と掲示係から返事が来る。
「こちら会長。誘導係へ。午後の競技で欠員は出たか」
『誘導第一、山本。第十一競技で二人、第十二競技で一人欠員が出てます』
内心舌打ちする。欠員がいると点数計算がややこしくなる。予想合計点との照らし合わせが狂う。点数確認に時間をとられて、吉岡も欠員補充ができなくなったか。
「こちら会長、了解。誘導第二は、今、誰だ」
『誘導第二、伊藤です』
伊藤か。午前と同じく誘導第二が松井ならば「走者不足になったらさっきの方式を取れ」と言えるところだが。あるいは沢野がいれば、去年の経験を踏まえて的確に処置できるものの、あいにく誘導第一はピンチヒッターの山本だ。
焦る気持ちを抑えて、トランシーバで呼びかける。
「こちら会長。誘導係へ。これ以上欠員を出すな。今から欠員防止方法を伝えるから、よく聞け。走者が足りない場合、誰がいないのかは特定しなくていい。走者順を崩して……」
午前中と同じ内容を説明する。
「いいな、生徒を整列させたら最後尾を確認して、足りない走者の組と人数、性別を吉岡に報告しろ」
『誘導第一、山本。組と人数と性別ですね。了解』
さすが山本、できるやつ。一発で理解した。左横の吉岡に命じる。
「吉岡、誘導と連携をとれ。誘導から欠員連絡が入ったら各組の応援団長に代走要請だ。代走はそのまま最後尾につけるよう誘導係に指示しろ」
「了解」
隣で吉岡が頷く。
欠員が出たのは第十一競技と第十二競技。しかし点数は、第十競技の時点で狂っている。
どこだ。
点数係の斉藤と一緒にパソコンをのぞき込む。点数計算は各組の順位を定める体育祭の要だ。集計表にミスがないことは、事前にきちんと確認していた。今日、どこかでうっかり数式をいじったのか。数式も一通りチェックするが、わからない。
仕方ない。
各係表を見て、トランシーバを手に取った。
「こちら会長。校門受付第一水原、至急本部に戻れ。受付は第二が一人で回せ」
『校門受付第一水原、了解。しかし、これから人が増えます。一人では回せません。補充を』
確かに、体育祭の目玉、最終競技の応援合戦を前に、どっと観客が増える。
補充―――誰が空く。
「こちら会長。補充は別途指示する。緊急だ。水原は本部へ」
『水原了解』
ベテラン水原が短く答える。
「斉藤、生徒会室から電卓と紙と筆記用具取ってこい。なるべく多く」
「は、はい」
斉藤が席を立って飛び出していく。
携帯からノアに電話をかける。
「ノア、校門へ行け。校門でプログラム表を観客に配れ。受付に腕章つけたやつがいるから、人数カウントはそいつに任せて、お前はやるな」
『は、はい、校門でプログラム表をお配りするのですね。はい』
「自分の競技を忘れるな。それと、応援合戦の一つ前には必ず本部に戻ってこい」
返事を待たずに通話を切って、トランシーバの発声スイッチを押す。
「こちら会長。校門受付第二へ。助っ人が一人いく。人数カウントは第二がやれ。助っ人には絶対やらせるな」
『校門受付第二、小林。了解しました』
自分の競技を終えた黒石が本部に戻ってくる。点数係がおらず、順位表が散乱しているのをみてぎょっとした顔をした。
「会長、何が―――」
「お前、これから自分の競技はあるのか」
「ありません。終わりました」
よし。
「沢野を呼んでこい。救護テントで寝てるはず。叩き起こせ」
「は、はい」
黒石が沢野を連れてくる。水原も戻ってきた。斉藤も電卓をかかえて走ってくる。
「会長、すみません、私の競技が次です」
斉藤が机に道具を置いて言った。
「わかった。行け」
斉藤を解放する。残ったのは黒石、沢野、水原。
三人を前に宣言した。
「第六競技後で点数が狂ってる。おそらくパソコンの集計表がおかしい。第七競技から手計算で点数を割り出す。欠員は第十一競技の二人と第十二競技の一人だ。点数掲示は第十競技で止めてる。第十一競技で正確な点数を掲示したい。だからまず第十一競技までの点数を出せ」
黒石が息を呑んだ。水原と沢野が力強く頷く。水原が順位表の束を手に取って言った。
「黒石くん、やるよ。各競技の点数割り当て表を見ながら、まず赤ペンで順位の上に点数を振る。次に各組の点数を計算。各組の点数は、順位表の一番上に大きく書いて。赤青黄の点数を全部足した総合点が、予想合計点と合ってるか照らし合わせ。欠員が出た競技以外は合うはず。わからなくなったら聞いて。いいね」
「は、はい」
三人が後ろの机で一斉に作業にとりかかる。
「水原、沢野。これから自分の競技はあるか」
「ない」
沢野が簡潔に答える。
「私は第十六競技。休む。点数優先。欠員補充は会長お願い」
水原が順位表に赤ペンを猛スピードで走らせながら言う。さすがベテラン、判断が早い。
俺はトランシーバで伝達する。
「こちら会長。赤組団長および誘導係へ。第十六競技で赤組女子がひとり休む。水原だ。団長は代走よこせ。誘導係は受け入れ体制を整えろ」
『赤組団長、了解』
『誘導第一、山本。了解』
返事をうけてさらに言う。
「こちら会長、順位記録へ。点数の読み上げは今後すべて中止。競技が終わり次第、順位表を本部へ提出しろ」
『順位記録、香川。了解しました』
よし、とりあえず点数はこれでいい。
腕時計をみる。まだ時間が押している。十二分。残りの競技は四つだけ。追いつけるか。
「こちら会長、全員へ。時間が押してる。十二分だ。各自巻け。誘導、道具準備片づけ、白線引き、スタートその他、とにかく急げ。ただし焦るな。落ち着いて動作を早めろ」
了解、と次々返事がくる。
「会長、第十一競技までの点数出た!」
後ろから、水原が叩きつけるように言う。欠員が出ている第十一競技の順位表のみチェックして、合格判断をする。
「読み上げろ」
トランシーバを渡す。水原が発声スイッチを押す。
「こちら点数係。掲示係へ。第十一競技終了時点での各組点数を伝えます。赤一二六三、青一三二二、黄一二九八」
掲示係がトランシーバで点数を繰り返す。
黒石が俺に声をかける。
「第十二競技の点数も出ました。欠員分も引いてます」
「見せろ」
順位表に素早く目を通す。
「合格。第十四競技の点数まで出たら合わせて伝達」
「第十三競技、完了。欠員なし、予想合計点とも合ってる」
沢野が声を上げる。
「第十四競技も完了。おなじく合ってる」
水原が言う。俺は頷く。
「よし。黒石、合計して読み上げろ」
「はい」
黒石が沢野と水原から順位表を受け取って電卓で計算する。トランシーバで呼びかけた。
「こちら点数係。掲示係へ。第十四競技終了時点での各組点数を伝えます。赤一三……」
今行われているのは第十六競技だ。競技と点数掲示のタイムラグは縮んだ。
さすがだな、と後ろの三人を振り返る。
「よくやった。この調子で頼む」
ぽんぽんぽん、と頭をなでて回って、ふと気づく。今、第十六競技―――次が最終競技の応援合戦だ。ノア。本部内をざっと見るが、姿がない。
背筋が凍った。電話をかけて怒鳴った。
「ノア、何してる! 戻ってこい、本部だ走れ!」
『は、はいっ』
しまった。あいつはポンコツだ。
―――応援合戦の一つ前には必ず本部に戻ってこい。
校門にいてはさすがにグラウンドの状況はわからない。あいつのポンコツじゃなく俺の指示ミスだな。
第十六競技が終わった。各組が応援合戦の準備に入る。道具係が、各組のステージ前に審判用のパイプ椅子を置く。ノア、間に合うか―――間に合わなければ沢野を出す。
「会長、第十六競技までの合計点出た!」
水原が叫ぶ。
「貸して」
合計点の書き殴られた順位表を受け取り、トランシーバから声をかける。
「こちら会長。掲示係およびアナウンス係へ。第十六競技終了時点での各組点数を伝える。メモをとれ。赤十六三四、青一六五五、黄一六二三」
言いながら笑みがこぼれた。
「アナウンス係は点数を放送しろ。接戦だ、応援合戦の結果次第で優勝が決まる。会場を煽れ」
『アナウンス第一、鈴本了解』
落ち着いた了解回答の後、アナウンス第二の本原が陽気な声で会場を沸かせる。その間に、来賓や校長、四人の審判たちが三浦に誘導されて審判席に座る。ノアをこれ以上待てない。沢野に「行け」と声をかけようとしたとき、ノアが本部に飛び込んできた。
「す、すみません、会長」
思い切り息切れしている。
「いい。これを持って、あそこの空いてる審判席に座れ。走れ」
「は、はい」
ノアが審判シートと鉛筆を手に、再び走り出そうとする。その腕をつかんで引き留め、慌ててノアの青いハチマキをその頭からもぎ取った。審判がチームカラーを出してどうする。
「よし、行け」
「は、はいっ」
ノアがグラウンドへ走り出す。途中で転びそうになっていたが、なんとか審判席に座った。
時間を見る。五分押し。これならまぁ、なんとか。
ピストルが鳴り、赤組応援団の演技が始まる。華やかな音楽を聞きながら、俺は冷静にトランシーバで呼びかけた。
「こちら会長。現在五分押し。赤組演技が終わり次第、すぐ青組の演技に入れ。青が終わり次第、黄だ。青と黄の団長は覚悟のこと。三浦は審判移動を急げ」
『青組団長、了解』
『黄組団長、了解』
『三浦、了解』
隣にいる体育委員長の吉岡に声をかける。
「締めくくりのスピーチ、短めにな」
吉岡は「任せとけ」と笑った。
黄組の演技が終わる。審判の投票により、応援合戦は一位黄、二位赤、三位青となり、応援合戦の順位がそのまま総合優勝の結果となった。
アナウンス係が点数と順位発表を行う。会場から歓声が沸き起こる。
吉岡が壇上で短いスピーチと体育祭の閉会宣言をして、体育祭は閉幕した。
俺は笑って、トランシーバから声をかける。
「こちら会長。時間ぴったり。全員おつかれさま。ほんとに、全員、よくやった。すごかった。今年の体育祭は大成功だ。あとは片づけよろしくな」
お疲れさまでした、やりましたね、楽しかった―――。嬉しそうな声が、トランシーバ越しに続々と返ってきた。




