13-4.体育祭当日~「お前、俺のこと嫌いだろうが」
一般生徒はその場で解散となる。きらびやかな衣装を着た応援団と楽しそうに写真撮影をしている生徒達を横目に、生徒会や体育委員会のメンバーは会場の片づけを始める。
今日は帰ったら爆睡だな。
パイプ椅子を雑巾で拭いて畳み、机の上に積み上げていると、山本が寄ってきた。俺の方に手を差し出す。
「ああ」
会うたびキャラメルを要求されるので、俺は山本用にキャラメルを常備するようになっていた。グラウンドに直置きして砂まみれになっていたカバンからキャラメルの箱を取り出す。箱が軽い。中を見てみると二個しか入っていなかった。
「数が足りないな。二個しかない。悪いな」
箱ごと渡すと、山本が受け取って小さくため息をついた。
「いきなり誘導に配置転換とか、ありえないでしょ。疲れた」
パイプ椅子を机の上に引き上げながら、俺は笑う。
「お前ならできるだろうと思ったからな。実際、できただろ。さすが山本だ。俺の目に狂いはないな」
軽口で返すと、山本が顔をしかめる。
「報酬ちょうだい。今日、誘導やった分」
「キャラメル? 何箱?」
この様子では粒単位では済まなそうだ。箱単位で聞いてみると、山本は俺から目を逸らした。
「ハチマキ」
「は?」
「ハチマキちょうだい」
意外すぎる要求にまばたきする。うちの高校で体育祭のハチマキというのは、好きなやつにもらうとか、彼氏彼女と交換するとか、要するにそういった恋愛要素の強いアイテムだ。俺も何人かの女子に事前に欲しいと言われていたものの、体育祭業務をぶん回していたあの状況では誰とも付き合う余裕などなく、付き合ったとしても彼女へのメールや電話の時間が惜しいと思っていたので、恋愛関連は全て断っていた。
山本が俺を好きなようには見えないのだが。むしろ敵視されているはず。
「呪いでもかける気か?」
眉をひそめて聞いてみると、山本が俺を睨んだ。ほらみろ、この態度。
「なんでよ」
「お前、俺のこと嫌いだろうが」
ずばり言うと、山本が喧嘩腰に返してきた。
「じゃぁ、いい。別に。会長なんか嫌いだし」
そう吐き捨てて立ち去ろうとするので、机ごしに腕をつかんで引き留める。
一体なんだ。
「ハチマキが欲しいわけ?」
聞けば、俺を睨みながら山本が頷く。
「報酬としてだな?」
付き合えとかそういう話ではないな、と言外に念を押す。山本が再び頷く。
報酬がハチマキとはどういう心理だ。手芸用の布にでもするのか。
雑巾を机に置いて、頭に結んでいた赤のハチマキをほどいた。
「じゃぁ、ほれ。おつかれさま。山本、今日はよくがんばった。ほめてるんだから呪うな」
差し出すと、山本が受け取って呟く。
「ありがと」
「ハチマキなら安いもんだ。疲れてるなら、あんま重いの運ぶなよ」
「わかってる」
素っ気なくそう返して、山本が立ち去る。
「会長って、バカだねぇ」
後ろで同じくパイプ椅子を拭いていた沢野が、呆れたように言った。
俺をバカ呼ばわりか。聞き捨てならん。
「お前のフォローはきっちりしたろ。俺は今日、我ながらよく働いたぞ。バカとはなんだ。感謝しろ」
「そりゃ、感謝はしてるけど。どうもありがと。でも会長ってさぁ、ちょっとどうなの? 少女漫画でも読んで女の子の気持ちを理解してみたら?」
はぁ。
「少女漫画なら姉貴の部屋にあるけどな。おもしろいか?」
「おもしろいかどうかじゃなくて。会長さぁ、全部が全部、論理的に進むわけじゃないんだから。たまには、矛盾だらけの人のココロにとことん付き合ってみるのもいいんじゃない? 彼女作ってみたら?」
人のココロときたか。
言ってることとやってること―――目に見える部分が矛盾してるならまだわかりやすいが、思ってることと言動が違うとめんどくさいんだよな。しかも本人にその自覚がない場合、なおさら解きほぐすのに時間がかかる。
俺がメンバーの言動をその通りに受け取り優先順位をつけてザクザク処理する一方、ノアがメンバーの言動に出ない矛盾や不安を信号ノートにつけて報告する。そうやって役割分担したから、今回の体育祭準備もなんとか最終下校時刻を守って乗り切れたわけで、俺が一人で言葉の裏読みまでやってたら、いくら時間があっても足りない。実務をぶん回しながらメンバー全員の本心も読み取るなんざ、俺の神経が保たない。メンバーの誰と誰が仲良いとか悪いとか、わかるけど、そこまで気遣ってたら仕事なんか進まないぞ。
人のココロを学べという沢野の意図もわからんではないが、彼女を作る、ねぇ。
「まぁ、なぁ。しかし忙しいからな。女にかまけてる暇はないな。お前とか水原レベルで有能なやつじゃないと俺の相方は無理だな」
「有能ねぇ。うーん、そっかぁ。そりゃ難しいねぇ」
沢野がパイプ椅子を片手に二個ずつ持って、生徒会室へと去っていく。
パイプ椅子運びは女子に任せ、俺は長机を運ぶことにする。
「黒石、机いくぞー」
「あ、はい」
呼ぶと、黒石が机の端を持った。ふたりで持ち上げて校舎の方へ歩き出す。
「会長、おつかれさまでした。采配、すごかったです」
黒石が率直に言うので、俺は笑う。
「さんきゅ。そんでもって、来年の会長はたぶんお前だ。このままの勢いで伸びろ」
「はい。会長からみて、俺は、どういうところが足りないですか?」
「んー……」
しばし考える。校舎入り口の階段を上りながら答えた。
「まずは経験だな。経験積んで、行動も判断も素早くしろ。あとは大胆さか。お前、割と慎重派で、それはそれでいいけどな。今日、俺が途中で点数計算を手動に切り替えたろ。ああいう思い切った判断もできたらいいな」
「そうですか。わかりました」
黒石は真面目だ。ふと思いついて聞く。
「お前、ハチマキ誰にもやらないの?」
黒石は頭にハチマキを結んだままだった。顔もいいし、できるやつだし、こいつはモテるだろうと思うのだが。
「あ、はい。特に誰かには」
「へぇ」
後は、今日の反省点だの来年への教訓だのを話しながら、長机を生徒会室に運び込む。
グラウンドに戻ると、ノアが水原や三浦と一緒にテントを解体していた。テントの金具に手を伸ばそうとしていたので、慌てて肩をつかんでテントから引き離す。
「ノア、危ないからどいてろ。水原、こいつに解体をやらせるな。このうっかりは手ぇ挟むぞ」
テントの金具を操作するにはコツがいる。間違うと大けがする。
「あ、ごめんごめん」
水原が軽く謝って、手早くテントを解体していく。
「じゃ、乃亜ちゃんは会長と一緒に働いてねぇ」
「はい。すみません」
ノアが水原に頭を下げる。
「ノア、そっちの端をロープで結べ。やりかたは俺を見てろ」
解体されたテントの部品をまとめて、一対ごとにまとめてロープでくくる。簡単にほどけないよう、特殊な結び方をする。
俺が手本を見せると、ノアも真似をして真剣な顔つきでロープを結ぶ。結び目がおもしろいのか、輪をひっぱったりしてロープの強度を観察している。
なんつーか、こいつはほんとに変なやつだな。
「ほら、遊んでないで次のテントいくぞ」
「は、はい」
ノアが立ち上がりかけて、かくんとグラウンドに膝をついた。そのまま地面に手をつく。
「どうした?」
「あ、いえ、大丈夫です、すみません」
そう言って上半身を起こすものの、顔色が悪い、か?
どうせ全身砂だらけだ。しばらく地面に転がってろと言いたいところだが、生徒会と体育委員会のメンバーが片づけで動き回っている。転がってたら踏まれるな。
「ノア。保健室行くぞ」
「は……いえ、あの、大丈夫です。お仕事をします」
「いい。あとは片づけだけだ。立てるか?」
「は、はい、あの、すみません」
ノアは謝るばかりで立てない。俺はノアの前にしゃがんで目線を合わせる。
「貧血?」
「いえ、あの、どうでしょうか、わからないです。力が抜けまして、すみません」
とろいこいつを、今日はさんざん走らせたからな。エネルギー切れか。
テントの帆布を適当に広げて、ノアを引っ張り、帆布の上に寝かせる。
「水原、これ借りるな。すぐ戻す。三浦、そっち持って。ノアを保健室に運ぶ」
「はいよ」
帆布を担架代わりにして、三浦と俺でノアを保健室に運ぶ。幸いベッドは空いていた。
ノアをベッドに下ろして言う。
「寝てろ。平気になったら制服に着替えて、今日は帰っていい」
「す、すみません。ご迷惑を」
「いい。お前は今日よく働いた。おつかれ」
ノアの頭をひとつなでてそう言い置いて、再びグラウンドに戻る。
片づけをすべて終えて、生徒会と体育委員会のメンバーに解散を告げ、制服に着替える。グラウンドで、一般生徒と応援団たちの写真撮影会が続いていたので、夕方五時までには帰るように、と放送室からアナウンスしておく。
今日一日、やっと終わったか。校舎を出かけてふと気づく。
ノア。
あのポンコツは、保健室で眠りこけて終電を逃しそうだな。
仕方ない。保健室に戻る。
案の定、ノアは眠っていた。髪にも顔にも砂がついていたので、手で軽く払ってやる。それでも起きない。熟睡している。
よくがんばったんだな、と、寝顔を眺める。
俺もさすがに疲れたな。丸椅子を引っ張ってきて、ノアが寝ているベッドにうつ伏せた。




