表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/12

泣きたい綾乃


余計な注釈(ちゅうしゃく)かも知れないけれど、綾乃(あやの)は「おばさん」だと思っていない。自分が「おばさん」なものか。毎度シャワー後の鏡を見ては、これならばと、いつ誰とでも勝負する自信を新たにすべく努めているのだ。


続けて問いただす介護リーダー。「じゃ、彼女のは()がないの?」


そうやってリーダーは(さぐ)りをいれるのだろうか。


「ね、彼女のは?」


「僕、彼女はいません」


佐野(さの)は考えてから、そう返答した。


「いないの?」


「は」


「一度も?」


「前は」


綾乃は、「そう」と返した。


そう、と返した声が、いつもの自分と違って聞こえた気がする。


「じゃ、男も女も関係なく、誰のでも嗅ぐってこと?」


「前は」


「今は?」


彼はまた、テーブルの上のマチョッパーズを見る。


「今は、木下(きのした)リーダーだけです」


「それで?前の二足(にそく)、どうしたの」


「…」


「持ってるんでしょう?」


「は」


「次の出勤日に返して」


言われたほうの顔が(くも)る。


「返して。わたしのだもん」


「あ。は」


「今日はこれも返して」


テーブルに置いた人参色の物に綾乃の手がのびた。


それに合わせて、佐野の両手が微動(びどう)というほどの反応を示した。


取り戻そうと反応したのではない。


けれど、綾乃には分かった。本当は、持っていたいのだ。持って帰りたいのだ。


「施設長に言うかどうかは、あとから考える」


「は」


「警察もね」


「は」


「わたし、帰ったら泣くかも」


「すみません」


「泣いたら佐野君のせい」といって(ふく)れる。と、また涙が出そうになる。


「ここで泣いていい?」


「それはちょっと」


「は、じゃなくて?」


「はい」


休憩室を出るとき、ふりかえって佐野を見た。


脚の長い、肌のきれいな青年。肩を落として椅子に掛けている。ゴルゴンゾーラを失って、しょげている。


しょげた姿が扉の向こうに隠れていく様子を見ながら、その扉を閉めた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ