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綾乃のにおい


「どうして?」


「…」


「どうして私のなの?」


彼の視線の先は、テーブル上に置かれた人参色のマチョッパーズ。


「誰の足だって…」


言葉につまる綾乃(あやの)


「誰の足だってチーズみたいでしょう?どうして?どうして私のを?」


佐野(さの)は考えるのか。


「何なの?」


綾乃はポケットからスマートフォンを引っ張り出す。


「佐野君て痴漢なの?変態?」


「すみません」


「警察、呼ぶね?」


「待っていただけますか」


佐野は顔を上げた。


「わたし、今、どんな気持ちか分かる?」


言いながら、少し芝居(しばい)のセリフっぽいなと思ういっぽうで、ほんとうに涙が(あふ)れてくるではないか。


見あげる佐野もハッとした様子で、


木下(きのした)リーダーは特別です」


「何が?」


(にお)いです」


もう綾乃はいつ泣き出してもよかった。


「普通のチーズじゃないです。木下リーダーのは、ゴルゴンゾーラです」


「からかってるんでしょ。私のこと、おばさんだと思って馬鹿にしてるんでしょ」


綾乃のセリフがいよいよ大袈裟(おおげさ)になる。


「違います!」


「何なの?」


「だから。チーズです」


「じゃ、同じでしょ?」


「同じじゃないです。ゴルゴンゾーラの人は少ないです。僕…」


佐野は腹をくくったか、淡々(たんたん)と語り始める。


「僕、子供のころから、たくさん内履(うちば)きを()ぎました。でも、今みたいじゃなかったです。介護の仕事を始めて、何だか、内履きがないと、不安というか、怖いというか、気持ちを静める為に、どうしても嗅いじゃいます。サンダルウッドとか、ラベンダーとか、乳香(にゅうこう)とか、アロマも色々やりました。でももっと眠れなかったりします。一番効くのは内履きです。今の僕に必要なのはリーダーの内履きです。すみませんでした」


聞いているうち、綾乃の体はひとりでに腰をおろしていた。向かいの椅子に腰をおろすとき、脚から力が抜けていく感覚だった。


「たくさんって、誰の?」


「みんなのです。男も、女も」


「変態じゃない」


「はい。でも、木下リーダーのは違います。」


「何が違うの。はっきり言って」


「ゴルゴンゾーラのにおいです。それに、すごく甘い香りがします」


「甘い?」


「バニラみたいな」


綾乃は「バジル」の言い違えではと思った。


「バニラ風味のゴルゴンゾーラ・チーズです。木下リーダーみたいな人、初めてです」


奇怪(きかい)といえば奇怪な告白ではある。


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