1-4
「こんな…」
込み上げる感動に喉が震える。
有象無象の疑問を差し置いて、見え方が変わるだけで、こんなにも世界を美しく思えるという事実への衝撃が、脳内を独占している。
「ちょっと、大丈夫かい?」
呼びかけられて、頬を伝って手の甲に落ちた雫に気づいた。
消え入った光を探したくて、玉のような水に濡れた、この睫毛を鬱陶しく思う。
「あれ、眩しくはないはずなんだけどな…?」
こんな経験をしたら、死にたいとすら思っていた人生に、縋り付きたくなってしまう。
「ごめんなさい、違うんです…あんまり美しくて」
そう言葉を零すと、眼帯の男は目を丸くして、破顔した。
「そうかそうか、そうだよね。私も初めて見た時は、とっても感動したものだ。しかし、そんなに喜ばれると、こちらも嬉しいよ」
車輪越しに伝わる振動が激しくなってしばらくすると、御者台から「おーい、到着したぞー!」という声が放たれた。
それを聞いて、慌てて目元を拭う。服の生地は思ったより固くて、ちょっと痛い。
「着いたみたいだから、野営用の荷を下ろそうか」
眼帯の男は立ち上がって、馬車に積まれている沢山の木箱、その内の二つを片方ずつ指差した。
「私が馬車を降りるから、これと、この木箱を手渡してもらってもいいかな?」
「もちろんですっ!!」
少しでも拾ってもらった恩を返したいと、肩に力がこもる。
「あの、降りるのって1人で大丈夫ですか…?」
「ん?」
「脚が…その…」
眼帯の男が左足を乗降口に置いたのを見て、咄嗟に口にしてしまったが、余計なお世話だったかもしれないと思い、続く言葉が詰まる。
「あぁ、慣れてるから大丈夫だよ。君は優しいね」
眼帯の男は義足を前方に向けながら左脚を折り曲げると、そのまま馬車を飛び出して、軽やかに地面に着地した。
一連の動作は洗練されていて、それが何度も繰り返されたものだと伝わってきた。
途端に、さっきの言動がとても恥ずかしくなる。
「…あの、失礼を言ってすみません」
「気をつかうことが失礼なのかい?そんなことはいいから、早く荷下ろしを済ませてしまおう」
「はいっ!」
木箱は想像以上に重かったが、簡単に持ち上げることができた。なんだか以前より力が増しているみたいだ。
二つ目の木箱を渡し終えると、馬車の床の際に立ち、這わせた脚でステップを探って地面に降りる。
硬く、乾いた地面の感触が革靴越しに伝わってきた。
「それ、お願いね。暗いから、足元に気をつけるんだよ」
「はい、ありがとうございます」
木箱を拾い上げて、眼帯の男を追いかける。
馬車は、少し開けた場所にある巨大な岩陰との間に、空間を作るようにして停められていた。
岩陰と馬車の隙間から覗く天上には、深い闇に星々がこれでもかと瞬く夜空が広がっている。それを見上げ、冷たく澄んだ空気を肺いっぱいに吸い込んだ。
リーダーと呼ばれた男は、二頭の馬の頭に繋がれたロープをそれぞれ左右の、革手袋を嵌めた手に持ち、巨岩の裏側にある小川へゆっくりと向かっている。
豚の獣族もそれに続き、無精髭の男は弓を持って周囲を警戒しているようだ。
「ドルガンが焚き火の燃料を取ってきてくれるまで、少しここで待っていようか」
眼帯の男が木箱を置き、地面に座るのを見て、同じように真似る。
「あの、何か手伝えることはありませんか?」
「うん…それじゃあ、後で料理を作るのを手伝ってもらおうかな。とりあえず今は、さっきの続きをやろう」
「…はい!お願いします!」
もう一度あの光景を見れると思うと、胸が高鳴る。
「魔類のお手本を見せるところから始めようか」
そう言った眼帯の男は、地面に落ちていた石に目をやると、クイっと指を折り曲げた。
すると、その石はカタカタと微動してから、中空に浮遊した。
「これが魔導だね、石ころに対してだったら魔導と魔法の違いはあんまりないかな」
先程の光景や、目の前で起こる現象は荒んだ心に刺激をもたらしてくれる。
それが幻覚だったら辛くて、もうここは異世界なのだと考えるようにした。
「おぉ!すっ…すごいです!あの、魔導と魔法って、どう違うんですか?」
「うーん、すごくざっくり言うと、万物に宿る不思議な光を魔素と言ってね、物に宿る内なる魔素を利用するのが魔導、世界に宿る外なる魔素を利用するのが魔法なんだ」
その言葉に、光り輝く木々の光景がありありと浮かぶ。
「さっきのキラキラしたのが魔素なんですね!」
「その通りだよ。そのうち魔類についてもっと詳しく教えてあげるから、まずは魔素の見える世界を当たり前にしようね」
自分でもこの不思議な力を使えると思うと、心が沸き立ってくる。
「はいっ!…そういえば、なんで目を瞑ったら魔素が見えるようになるんですか?」
「人間にはいろんなものが見えすぎるから、最初は情報を絞らないと、魔素を見ることを後回しにしてしまうんだ。君が最初に見たのは瞼に宿る魔素なんだよ」
眼帯の男は「慣れるまで繰り返せば、意識するだけで見れるようになるからね」と付け足して微笑んだ。
そうやって話し込んでいると、巨岩の裏から枝木と松ぼっくりのようなものを両手いっぱいに抱えた豚の獣族が現れた。
手のひらに嫌な脂汗が滲む。
「ボルグさんと若いの、今夜は晩飯が豪勢になるぞ」
豚の獣族は抱えているものを地面に置くと、握りしめていた指を開いて、赤い宝石のように輝く幾つもの木の実を差し出した。
「ドルンベリか、いいものを見つけたね。それじゃあ早速火をつけて、料理を始めようか」
読んでいただきありがとうございます。
感想いただけたら励みになります。
6/19に新話投稿できるかもです。毎日投稿きついです。
次章からは溜めて放出します。




