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「よし、いい心意気だ。野営地まで少し歩くから、馬車に乗るといい。着いた時に、荷下ろしを手伝ってやってくれ」
そう言って無精髭の男は馬車の後方を指差した。
「わかりました」と一言断ると、馬車の尻に回り、ステップを踏んで中に入る。
その瞬間、視界の左端に人影が映り込んだ。
「うわっ!」
咄嗟に馬車の壁に背中を貼り付けて、その人影に目をやった。
その様相は影が落ちていて不確かだが、黒ずんだ木の義足が、ズボンの裾から覗いている。
「驚かせてすまないね、そこに座るといい」
さっきの男達の仲間なのだろう。背中を壁に走らせ、地面に尻をつけた。
前方で発せられた「ジジ、ググ、進めっ!」という言葉を皮切りに、馬車がゆっくりと進み始める。
「話は聞いてたよ、分からないことがあれば私に聞きなさい」
そう言って少し前屈みになった男の顔が淡い月光に晒された———顔中に刻まれた深い皺、右目を獣に抉り出されたような爪痕と眼帯、顔の左下から目元まで縦に伸びた古傷。それらが、この男が生きてきた人生を物語っている。
得体の知れない人に疑問を投げ掛けるのは憚られるが、とにかく現状を整理したい。
「あっ…あの、幾つか質問させていただいてもいいですか?」
「もちろん」
恐ろしい様相と裏腹に、彼の態度は柔らかく、その落差に緊張が解けていく。
「これって、どこに向かってるんですか?」
「この先を進んだ所にあるリヴィエ村だよ。このパーティと所縁があってね、毎年この時期になると、こうやって食料品なんかを持って越冬の準備を手伝いに行くんだ」
パーティとはなんだろうか、疑問をそのまま口にする。
「ん…?この国にいるのに、知らないなんて珍しいね。私達のような人間は、仲間たちとパーティを組んでダンジョンを攻略するんだ」
質問すればするほど、さらに疑問が増える状況に思わず頭を抱えた。
「あの、実は…記憶が曖昧で、何もかもわかんないんです。だから、変な質問をしてしまうかも…」
この状況をどう説明すればいいか分からず、曖昧で、奇妙な物言いになってしまう。
「なんと…ここがどこか分からないと言っていたよね。ここに来る前の記憶はないのかい?」
眼帯の男は大層驚いたようで、目を見開いて尋ねてきた。
「はい…目が覚めたら、こんな場所にいて」
「ドルガンに気づいてもらえて、よかったね」
ドルガン、確かリーダーと呼ばれた男が口にしていたような。
「豚の獣族だよ、先程話していただろう?」
「あぁ…あの方のことですか」
未だに、あの象牙色の牙を思い出すと胃が縮み上がる。
同時に、なぜこんな暗闇の中を馬車で進んでいるんだろうかと思ったが、拾われた身で詮索するのは失礼かもしれないと、開きかけた口を噤む。
「聞きたいことがあるなら、遠慮する必要はないよ」
———しまった。不安が顔に出ていたのかもしれない。
「あの…なんでこんなに暗いのに、まだ進むんですか?馬が暴れて、馬車が横転したりしないか不安で…」
言ったそばから、乗せてもらってるのに、図々しい聞き方になってしまったと後悔していると、眼帯の男は「そんなことか」と笑いながら話を切り出した。
「本来はもっと早く野営地に着くつもりだったんだが、荷物の輸送が遅れたり、馬車の車輪が壊れたり、とにかく散々な目に遭ってね。それでも明日の昼前にはリヴィエ村に到着したいから、渋々進んでいるんだ」
このパーティに出会えたのは、本当に幸運だったみたいだ。
「あぁ、それと、馬が進んでも大丈夫なのは…そうか、記憶がないんだったね。折角だし、魔類について教えておこう。冬支度でも役立つだろうからね」
聞き慣れない言葉だ。
「まるい…?」
「魔法や魔導のことだよ。そうだね…まず目を閉じて、手の腹で眼窩を覆ってごらん」
疑問に思いながらも、言われた通りに目を閉じ、その上から手を被せる。暗い森で、さらに光を遮れば、そこには深淵のような黒のみが残る。
「そのまま、集中して瞼の裏を注視するんだ」
瞼の裏を注視。
しばらく続けていると、深淵の底から、儚い光が湧き上がった。その光は次第に光量を増して、やがて灼熱の太陽ような眩い光に変わっていく———
「眩しっ…くない?それに、これは…」
咄嗟に目を開けると、そこにはもう、先程までの深く暗い森はなかった。
その代わり、乗降口を通して視界に、大気を満たす光の粒子が木々を照らし、幹が脈打つように光を明滅させ、葉の一枚一枚が水晶のように煌めく、息を呑むような光景が飛び込んでくる。
しかし、直視しても網膜を焼くような痛みのない、不思議なその光は、徐々に世界から剥ぎ取られ、元の酷く暗く、冷たい森が視界を塗り潰した。
「美しいだろう?それが馬が夜でも走れる秘密…”魔素視”だ」
読んでいただきありがとうございます。
各話、投稿後に推敲したくなってしまうので、時間をおいて投稿しようと思います。




