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レタルギアの堰  作者:
第1章 出会い

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3/5

1-3


「よし、いい心意気だ。野営地まで少し歩くから、馬車に乗るといい。着いた時に、荷下ろしを手伝ってやってくれ」


そう言って無精髭の男は馬車の後方を指差した。


「わかりました」と一言断ると、馬車の尻に回り、ステップを踏んで中に入る。


その瞬間、視界の左端に人影が映り込んだ。


「うわっ!」


咄嗟に馬車の壁に背中を貼り付けて、その人影に目をやった。


その様相は影が落ちていて不確かだが、黒ずんだ木の義足が、ズボンの裾から覗いている。


「驚かせてすまないね、そこに座るといい」


さっきの男達の仲間なのだろう。背中を壁に走らせ、地面に尻をつけた。


前方で発せられた「ジジ、ググ、進めっ!」という言葉を皮切りに、馬車がゆっくりと進み始める。


「話は聞いてたよ、分からないことがあれば私に聞きなさい」


そう言って少し前屈みになった男の顔が淡い月光に晒された———顔中に刻まれた深い皺、右目を獣に抉り出されたような爪痕と眼帯、顔の左下から目元まで縦に伸びた古傷。それらが、この男が生きてきた人生を物語っている。


得体の知れない人に疑問を投げ掛けるのは憚られるが、とにかく現状を整理したい。


「あっ…あの、幾つか質問させていただいてもいいですか?」


「もちろん」


恐ろしい様相と裏腹に、彼の態度は柔らかく、その落差に緊張が解けていく。


「これって、どこに向かってるんですか?」


「この先を進んだ所にあるリヴィエ村だよ。このパーティと所縁があってね、毎年この時期になると、こうやって食料品なんかを持って越冬の準備を手伝いに行くんだ」


パーティとはなんだろうか、疑問をそのまま口にする。


「ん…?この国にいるのに、知らないなんて珍しいね。私達のような人間は、仲間たちとパーティを組んでダンジョンを攻略するんだ」


質問すればするほど、さらに疑問が増える状況に思わず頭を抱えた。


「あの、実は…記憶が曖昧で、何もかもわかんないんです。だから、変な質問をしてしまうかも…」


この状況をどう説明すればいいか分からず、曖昧で、奇妙な物言いになってしまう。


「なんと…ここがどこか分からないと言っていたよね。ここに来る前の記憶はないのかい?」


眼帯の男は大層驚いたようで、目を見開いて尋ねてきた。


「はい…目が覚めたら、こんな場所にいて」


「ドルガンに気づいてもらえて、よかったね」


ドルガン、確かリーダーと呼ばれた男が口にしていたような。


「豚の獣族だよ、先程話していただろう?」


「あぁ…あの方のことですか」


未だに、あの象牙色の牙を思い出すと胃が縮み上がる。


同時に、なぜこんな暗闇の中を馬車で進んでいるんだろうかと思ったが、拾われた身で詮索するのは失礼かもしれないと、開きかけた口を噤む。


「聞きたいことがあるなら、遠慮する必要はないよ」


———しまった。不安が顔に出ていたのかもしれない。


「あの…なんでこんなに暗いのに、まだ進むんですか?馬が暴れて、馬車が横転したりしないか不安で…」


言ったそばから、乗せてもらってるのに、図々しい聞き方になってしまったと後悔していると、眼帯の男は「そんなことか」と笑いながら話を切り出した。


「本来はもっと早く野営地に着くつもりだったんだが、荷物の輸送が遅れたり、馬車の車輪が壊れたり、とにかく散々な目に遭ってね。それでも明日の昼前にはリヴィエ村に到着したいから、渋々進んでいるんだ」


このパーティに出会えたのは、本当に幸運だったみたいだ。


「あぁ、それと、馬が進んでも大丈夫なのは…そうか、記憶がないんだったね。折角だし、魔類について教えておこう。冬支度でも役立つだろうからね」


聞き慣れない言葉だ。


「まるい…?」


「魔法や魔導のことだよ。そうだね…まず目を閉じて、手の腹で眼窩を覆ってごらん」


疑問に思いながらも、言われた通りに目を閉じ、その上から手を被せる。暗い森で、さらに光を遮れば、そこには深淵のような黒のみが残る。


「そのまま、集中して瞼の裏を注視するんだ」


瞼の裏を注視。


しばらく続けていると、深淵の底から、儚い光が湧き上がった。その光は次第に光量を増して、やがて灼熱の太陽ような眩い光に変わっていく———


「眩しっ…くない?それに、これは…」


咄嗟に目を開けると、そこにはもう、先程までの深く暗い森はなかった。


その代わり、乗降口を通して視界に、大気を満たす光の粒子が木々を照らし、幹が脈打つように光を明滅させ、葉の一枚一枚が水晶のように煌めく、息を呑むような光景が飛び込んでくる。


しかし、直視しても網膜を焼くような痛みのない、不思議なその光は、徐々に世界から剥ぎ取られ、元の酷く暗く、冷たい森が視界を塗り潰した。


「美しいだろう?それが馬が夜でも走れる秘密…”魔素視”だ」

読んでいただきありがとうございます。

各話、投稿後に推敲したくなってしまうので、時間をおいて投稿しようと思います。

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