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言葉がこの豚から出てきたというのを理解するのに、数秒の時間を要した。
「あんた、なんでこんなところで彷徨いてるんだ?」
肩に食い込んでいた手が離れる———その瞬間、咄嗟に逃げ出そうとしたが、松明の光で豚の腰に光る仰々しい斧が目に入り、膝から力が抜ける。
「おいおい、もしかして共通語がわかんないのか?」
そう言われて気づく、日本語と似ても似つかない響きなのに、なぜか頭の中に意味が流れ込んでくる。意思疎通を図れるかもしれない。そう思って喋ろうとするが、喉に蓋をされたみたいに、言葉が喉奥で詰まってしまう。
「どうしたもんか…」
豚の背後、暗闇から松明の明かりと共に馬車が姿を現した。
「何をしてる、ドルガン」
冷徹な声の主は、燻んだ金髪を丸めた、精悍な顔立ちの男だった。
「あぁ、リーダー。こいつが森の中から出てきたんで、事情を聞こうとしたんだが、この通り口を開かなくて…」
情報を得る機会が舞い込んで来たのに、このままでは疑われて終わってしまう。緊張と恐怖を押し殺して、なんとか声を搾り出す。
「あっ…あの、気づいたらっ、こんな、場所にい..って、ここって…ここって、どこなんですか?」
拙い言葉を聞き、豚とリーダーと呼ばれた男が顔を見合わせる。怪訝な表情のまま、豚が答えた。
「ここはオーヴェール公爵領の領都から北東の村々を繋ぐ小道だよ。武器や松明も持たずに夜の森を歩くなんて、狼に食い殺されたいのか?」
そうやって凄まれると、なおさら状況の悪さを実感してしまう。その上、豚が口にしたのは全く聞き覚えのない地名だ。ここは幻覚の世界なのか。そうでなければ、異世界かなにかに迷い込んでしまったのかもしれない。
とにかく、この暗くて寒い森を出たい。
「あのっ…、荷物持ちでも、なんでもするんで!…同行させてもらえないですか?」
藁にもすがる思いで訴えると、リーダーと呼ばれた男は目を細めて、こちらを射抜くように睨みつけた。その鋭い視線に、背筋が凍りつく。
「どこの誰かもわからないような、不審者の護衛をしろと言っているのか?」
「あの…そのっ…」
その時、御者台から一人の男が飛び降りてきた。
「そんなに若いやつをいじめなくてもいいだろ」
無精髭を生やしたその男は、わざとらしくため息をつく。
「冬支度の時期でどうせ男手が足りてないんだ。働くって言うんなら、守ってやってもいいんじゃないか?」
「いや、しかし」と渋るリーダーと呼ばれた男に、無性髭を生やした男が追い打ちをかける。
「おい、ドルガン。そいつから悪意だかなんだか感じるか?」
豚がヒクヒクと鼻を揺らし、「いいや、何も感じないね」と言って首を振った。
「だってよ、リーダー。まだ懸念があるか?」
リーダーは苦々しげに眉間に皺を寄せ、「勝手にすればいい」と吐き捨てた。
「すまんな、若いの。ここ最近、リーダーは気を張ってるんだ」
そう言って、無精髭の男はぎこちない笑顔を見せた。
「あの、本当にありがとうございます」
「気にすんな。小さい弟がいたもんで、どうしても若いのにお節介焼いちまうんだ。それより、しばらくこの先で働いてもらうことになるが、大丈夫か?」
優しい人だ、と胸が温かくなる。
この先どうなるか不安ではあるが、暗い森で人と触れ合えた安心感には抗えそうにない。
「はい、お願いします」
そう言って深く頭を下げた。
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