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レタルギアの堰  作者:
第1章 出会い

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1-5

長くなってしまいました。

寒い場所での食事は急足になってしまいますよね。

眼帯の男は傍らにあった木箱の蓋をあけて、三脚と鍋を取り出し、枝木の上に組むと、松ぼっくりのようなものを手に取る。


するとそれは、耳を掠るような音が鳴ったのを合図に、忽ち燃え上がり、組んだ枝木の中に放り込まれた。


「えっ!それも魔類なんですか?」


火は枝木に燃え移り、暗闇の世界に温かい彩りを生む。


「そうだよ」


眼帯の男が頷く。


「こんなことで驚くなんて、あんたほんとに記憶がないんだな」


鍋を通して、向かいに座った豚の獣族は、憐れむような視線をこちらに向けた。


この男は、馬車よりずっと前を先行していたはずだ。


「…どうして知ってるんですか?」


尋ねると、眼帯の男が木箱から樽と木べら、そして麻袋を取り出しながら答えた。


「ドルガンは人族より感覚が鋭いんだ、馬車での会話は筒抜けだろうね」


それを聞いた豚の獣族は「俺はすかし屁すら聞き逃さないぜ」と鼻を鳴らして笑う。


その時、急激に水分が蒸発する激しい音があたりに響いた。眼帯の男が木樽に詰まった白い塊を、鍋の中に木べらで削り落としたらしい。


続いて麻袋から燻製肉を取り出して親指台の大きさに切り、同じく鍋に落とした。


鍋の中で立て続けに破裂音が鳴り、甘く香ばしい匂いが漂っていることから、白いものの正体がラードだと分かった。


「何を作ってるんですか?」


「ポリッジだよ」


眼帯の男が、木べらで鍋を突きながら答えた。


凝縮された肉と燻製の香りが広がり、思わず湧き出た唾液を飲み込む。


「腹が、やべぇ…」


豚の獣族は腹を抑え、口を半開きにしながら鍋から立ち上がる湯気を眺めている。そんな姿を見たら、なんだか親しみやすく感じた。


「エールと大麦を加えるから、底が焦げないようにかき混ぜてくれる?」


差し出された木べらの柄を受け取り、まるで戦場に赴くような緊張感で、握りしめる。


革紐を解かれた、いっぱいに膨らんだ革袋が傾き、その内容物がボトボトと鍋の中に落ちる。


「よかった、ちゃんと混ざってるみたいだ」


直後、熱された油に大麦が触れ、弾けるような甲高い音が耳に届く。焦りながらも、木べらを鍋底まで深く差し込んだ。


重い手応えを感じながら、焦がさないよう力任せに撹拌しているところで、豚の獣族が持ってきたドルンベリが加わる。


「あとはひたすらかき混ぜたら完成だから頑張って」


鍋の中身が沸騰すると、豚の獣族が生木で、燃え盛る薪を横に避け、眼帯の男が鎖の長さを調節して鍋を少し引き上げた。


「腕がキツくなったらドルガンに変わって!」


「わかりました!」 


肩の筋肉が悲鳴をあげるが、気合いで踏ん張り、腕が完全に硬直した段階で何とか木べらを手渡す。


それを受け取った豚の獣族は、逞しい腕でぎっしりと握りしめ、木べらを掻き回し始めた。


そこで、リーダーと呼ばれた男が加わった。


「お疲れさま」


眼帯の男が労うと、リーダーと呼ばれた男は「あぁ」と小さく呟いた。


熾火に熱された鍋の中から聞こえる音が変化したところで、急激にマグマのような重い泡が湧き出てくる。


「完成したみたいだ。ドルガン、鍋を下ろして」


「おう」


そう頷いた豚の獣族は木べらを抜くと、柄で器用に鍋を地面に下ろした。


「さぁ、冷めないうちに食べてしまおう」


眼帯の男がそう言ったところで、鍋を中心に輪を作る。


一汗かいて、腹の虫が騒ぎ立て始める。異世界に来てから初めて食べる料理に、不安と期待が渦巻いている。


小さいお玉のような木製スプーンと黒パンを一つ、そしてナイフを配られたが、カチカチに固いパンを、どうやって食べればいいのかわからない。


リーダーと呼ばれた男が「豊穣神に感謝を」と言うと、それに続いて二人が追唱したので、慌てて口する。


どうやら4人で同じ鍋を共有するらしい。


マナーを参考にしようと、他の人の食べ方に目を見やる。


黒パンを1つ多く配られた豚の獣族は、それをそのまま口に放り込むと、バリバリと音を立てながら噛み砕いている。参考になりそうにない。


リーダーと呼ばれた男は、林檎剥きのようにナイフで黒パンを薄く切り、それを鍋の中にディップして食べている。


眼帯の男は、黒パンを腹に当てると、自分に向けてナイフを引くようにして小さく切り、それをポリッジの中に放り込むと、スプーンで掬って口にしている。これが一番やりやすそうだ。


同じように習い、黒パンを切ろうとする。思ったより固い上に、手が悴んでまともに切れそうにない。黒パンを手首で抑え、ナイフを両手で引くことで、何とか切ることができた。


それをポリッジに落とし、スプーンで掬って口に入れる。


すると、熱湯のように熱い、ドロドロとした液体が舌を焼いた。


反射的に口を開くと、冷たい空気が口の中を冷やし、口内に広がった濃厚な甘みとコクを自覚させる。


そのまま、歯を噛み締めると、肉の旨みを吸い込んだ大麦がプチプチと弾け、黒パンは吸い込んだ油を放出する。


旨みの塊に塗りつぶされた口内で、ゆっくりと咀嚼すると、噛むほどに旨みの増す燻製肉が存在を主張しだす。


ラードが少し重いかもな———そう思ったところで、押し潰されたドルンベリが、弾けた。


瞬間、突き抜けるような酸味が、口いっぱいに広がった脂の余韻を洗い流していく。


そして、物寂しくなった口に、再びポリッジを詰め込んでいく。


正直、服装的にあまり文明が発展していないのかも、そう思って食事の味も侮っていた。


「おいしい…」 


死ぬことばかり考えてきた時は、ただの義務でしかなかった食事。


それなのに、みんなでご飯を作り、同じ鍋を囲んで食べていると、久しぶりに味覚を取り戻したような奇妙な感覚を覚える。


手早く食事を済ませた、リーダーと呼ばれる男は調理器具の入っていたものとは違う木箱から、二つの木桶を取り出して席を立った。


どうやら、馬に餌をやるようだ。車輪と、近くの木に停めたれている馬の前に木桶を置くと、無精髭の男と警護を代わった。


「おー、美味そうだな…豊穣神に感謝を」


腰を下ろしながらそう言うと、無精髭の男は黒パンとポリッジを勢いよく食べ始めた。


「そういえば、まだ自己紹介してなかったよね」


すでにスプーンを片付け終えた眼帯の男が口にする。


ずっしりと重い胃袋に満足感を感じながら、彼にスプーンを手渡して、仕舞ってもらった。


「そういえば、あんたの名前知らんな」


千切った黒パンを鍋肌に擦り付けていた豚の獣族が顔を上げた。


「私は戦士のボルグ、改めてよろしくね」


「ボルグさん…」


「私たちはみんなダルフのパーティーに所属しているんだよ」


ボルグさんの言葉を皮切りに残り2人が名乗りをあげる。


「俺は斧士のドルガン」


「そんで俺が弓士のヴァルタだ」


ヴァルタはそう歯を見せて笑う。


「ちなみに、今見張をしてるのがリーダーのレオンだよ。君は自分の名前を覚えてる?」


ドルガンさん、ヴァルタさん、レオンさん。


「よろしくお願いします。名前は覚えてます、菊地櫂って言います」


「キクチカイ? ずいぶん長い名前だな」


ドルガンさんに言われてハッとした。普通、この世界に苗字はないのかもしれない。


「…えっと、”みんな”にはカイって言われてます」


「よろしくね、カイ」


ボルグさんがそう言って、こちらの肩に手を置いた。


「みんな…? みんなって誰だよ。記憶ないんじゃないのか?」


「記憶…?」


ドルガンの言葉に、ヴァルタが首を傾げる。


「あぁ、カイはここにくる前の記憶がないんだってよ」


ドルガンがそう言って目を細める。


まずい———失言への指摘に、喉の奥が縮む。


「あの!完全な記憶喪失というわけじゃなくて、この場所がなんなのかだけが、全く分からないんです」


全員の重い視線が集まる。


静寂の中、唯一パチパチと跳ねる熾火の音に、心臓が大きく脈打った。


「…なんだそりゃ、竜にでも攫われたのか?」


「まぁまぁ、そう焦らずに。これからしばらく一緒にいるんだ、お互いのことは少しずつ知っていくことにしよう」


胸中で、詰問を抑えてくれたボルグさんに感謝の念を尽くす。


「食事も終わったことだし、片付けたらもう寝ようか」



*****************



その後はボルグさんと一緒に食器を片付けて、見張り番をパーティのみんなにやってもらいながら寝ることになった。


一日を振り返っているうちに、やがて眠りに誘われる。恐怖や不安も完全にはなくなったわけではない、それでもいつか必ず恩を返したい——そう思いながら。

読んでいただきありがとうございます。

後々もっと推敲するかもしれませんが、このままだと永遠にいじっちゃいそうなのでとりあえず出します。


・ドルンベリ

コケモモのような物を想像していただけたら幸いです。


作中で説明しきれない重要度の低い造語は後書きに詳細を綴ろうと思います。次週から毎週日曜日投稿にシフトします。

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