第四話 眞白ひなた、再び転生する。
そうして眞白ひなたは聖女として、異世界に降り立った。
全属性魔法と常識外れの自然回復力を引っ提げ、魔物を薙ぎ払い、病人を癒やし、呪いを浄化し、だいぶ力技で聖女の仕事を片づけた。
王子から求婚された時は、「私には別に好きな人がいます」と笑顔で断った。
魔王を浄化したあと、「あなた本当に聖女ですか」と青ざめる周囲に、「聖女です。早く役目を終えたかっただけで」と答えた。
そうして、ひなたは異世界で天寿を全うした。
子や孫に囲まれ、皺だらけの手を握られながら、最後に思い浮かべたのは、白い空間と、淡い金髪の神様の顔。
目を開ける。
白い光。
懐かしいほど白い世界。
そして——
「——お目覚めになりましたか、ひなた」
何度も思い返した、ずっと聞きたかった声が響き、ひなたはゆっくりと顔を上げた。
そこにいたのは、あの日と変わらない姿のアフラだった。
白い装束も、淡い金髪も、深い青の瞳も、何ひとつ変わっていない。
変わったのは、ひなたのほうだ。
いや、魂は変わっていないのに、見た目だけがあの頃の二十六歳に戻っている。
それでも、最初に浮かんだ感想は、やはり同じだった。
(……やっぱり、タイプすぎる)
「お久しぶりです、ひなた」
今度は、アフラのほうが先に微笑んだ。
ひなたは目を瞬かせたあと、ふっと笑った。
「お久しぶりです、アフラ。……待っていてくれたんですね」
「努力すると言いました」
「ちゃんと努力してくれたんですね」
「はい」
ひなたはじっとアフラを見た。
前より少しだけ、戸惑いが薄い。
前より少しだけ、視線がまっすぐだ。
そして何より——前より少しだけ、優しい笑い方をしていた。
「聖女の仕事、大変だったでしょう」
「めちゃくちゃ大変でした」
「そうでしょうね」
「でもやり切りました」
「……見ていました」
「え」
「窓口担当として、転生者の動向は把握する義務があります」
「義務で?」
「義務で」
「ほんとに?」
「…………義務、です」
ひなたはにやりとした。
「アフラ、顔が赤いですよ」
「神は顔が赤くなりません」
「なってます」
「なっていません」
「そうやって言い返してくれるようになった時点で、前より距離が縮まってません?」
「……否定しづらいことを言わないでください」
白い空間に、ひなたの笑い声が響いた。
それを聞いて、アフラもまた、困ったように、けれど確かに笑った。
ひなたはその笑みを見て、胸の奥がじんわり温かくなるのを感じた。
八十年と少し。長い長い人生を生きてきた。
その最後に、ちゃんとここへ帰ってこられた。
そして今、自分はまた、この神様の前にいる。
「……今度は、どこへ転生しますか」
アフラが静かに尋ねた。
ひなたは首を振った。
「転生したくないです」
「また駄々をこねますか」
「またです」
「懲りませんね」
「今回は前回と違います」
「どう違うのですか」
「八十年と三ヶ月ぶん、あなたに話したいことがあるんです」
ひなたは胸を張った。
「向こうであったこと。好きだったもの。嬉しかったこと。悔しかったこと。子どもが生まれた日のことも、孫に初めておばあちゃんって呼ばれた時のことも、全部。そんな状態で、いきなり次の転生なんて無理です。まず、私の話を聞いてください」
「……八十年と三ヶ月、ですか」
「長いですよ」
「長いですね」
「でもあなたは不老不死だから、時間ありますよね」
「あります」
「よかった」
ひなたは安心したように笑った。
アフラはそんな彼女を見つめ、やがて静かに椅子を引いた。
「……お茶は出ませんが」
「いいんです」
「では、どうぞお座りください。ひなた」
「はい」
ひなたは嬉しそうに椅子に腰掛けた。
アフラも向かいに座る。
白い空間には相変わらず何もない。
けれど、前とは違っていた。
何もない場所ではなく、これから言葉が満ちていく場所。
ずっと会いたかった相手に、やっと続きを話せる場所。
ひなたの八十年分の話は、天界時間で三日三晩続いた。
アフラは最後まで聞いた。
途中で二度、小さく笑う。
ひなたはその二度を、八十年ぶんの人生に並ぶ宝物だと思った。
次の転生の話は、そのあとでいい。
神様の窓口は、その日も予定よりずっと長く開いていた。
「アフラ。気が付いていますか?」
「なにがですか?」
「ふふ」
ひなたはアフラの顔を覗き込み、無邪気に笑った。
「再会してからずっと、私のこと『ひなた』って呼んでますよ」
最後までお付き合い、ありがとうございました。
神様に一目惚れしてしまった、ひなたの恋の行方――もし、気になるようでしたら、ブックマーク、★★★★★、よろしくお願いします( *・ㅅ・)*_ _))ペコ




