第三話 眞白ひなた、転生する。
「……輪廻へ、還る?」
「意識を保ったまま留まることはできない、という意味だ」
ズルワーンが答えた。
「転生もせず、天界にも留まれない場合、魂は自然に散逸し、輪廻の流れに戻る。個としての意識は失われる」
「要するに……私が私じゃなくなる?」
「そうだ」
ひなたは言葉を失った。
それは嫌。
転生はしたくない。
けれど、消えるのはもっと嫌だ。
しばらく黙っていたひなたは、やがてそろそろと顔を上げた。
「……じゃあ、転生したら」
「はい」
「転生先でちゃんと生きて、ちゃんと死んだら、またここに来ますか」
「理論上は、この窓口を通ります」
「また会えるんですね」
「そう、なります」
その瞬間、ひなたの顔がぱっと明るくなった。
アフラは嫌な予感しかしない、という顔をした。
「眞白様、まさか」
「行きます!転生します!」
「切り替えが早い」
「だってまた会えるんでしょう!?だったら話は別です!」
ひなたは勢いよく立ち上がった。
「チートは何でもいいです!なんか最強っぽいやつください!聖女として立派にやり遂げて、天寿を全うして、またここに来ます!!その時にまた話しましょう!!」
「…………」
「待っていてくれますよね!?あなたはここにずっといるんですよね!?不老不死なんですよね!?」
「……います、ここに。不老不死なので」
「最高です!!じゃあ決まりです!!」
ひなたはテーブルをバンと叩いた(二度目)。
「チートをください神様!!がんばって転生してきます!!」
「何でもいい、では困るのですが」
アフラは書類を広げながら、どこかほっとしたような、しかしどこか複雑そうな表情で言った。
「どのような能力がよいですか」
「うーん……」
ひなたは腕を組んで考えた。
本当ならここで『万能魔法』とか『ステータス全振り最強化』とか選ぶべきだろうか。
しかしひなたの脳内には一つのことしかなかった。
「じゃあ、あなたにまた会うために一番役立つ能力をください」
「……はい?」
「私が最速で天寿を全うして、またここに来るために何の能力が一番役に立ちますか。聖女の仕事を最短でこなせる能力を教えてください」
アフラは言葉を失った。
そして、その表情がじわりと変わった。
困惑と、それから——何か、別のもの。
普通は最強を望む。自由を望む。富や権力や安寧を望む。
けれど目の前の人間は違う。
そんな理由で能力を選ぶ転生者は、おそらく前代未聞だった。
「……天寿を全うする、というのは長生きするということですよ。急いで死ぬのとは違います」
「わかってます。長生きして、聖女の仕事を全部やり切って、やり残しのない人生を送って、それからまた来ます。だから何の能力があると一番それに近くなりますか」
アフラはしばらく黙っていた。
また会うために、生き切る力が欲しいと言った。
窓口業務をこなして長い年月が経つが、こんな条件でチートを選ぼうとした人間は初めてのこと。
アフラはしばらく黙っていたが、やがて静かに答えた。
「……全属性魔法と、高い自然回復力を付与しましょう」
「それで足りますか?」
「十分すぎるほどに。聖女としても、生涯を通しても、有利に働きます」
「じゃあそれで!」
ひなたは満面の笑みを浮かべた。
「あの、ひとつだけ」
「何でしょう」
「あなたの正式な名前、教えてください。アフラって、たぶん略ですよね?」
アフラは少し驚いたように目を見開いた。
「……アフラ・マズダ、と申します。神に姓はありませんが、それが正式名です」
「アフラ・マズダ」
ひなたは大切に確かめるように、その名を口の中で転がした。
「絶対忘れません」
「…………」
「だから、私のことも忘れないでいてください」
「忘れません」
こんな破天荒な人間を忘れられるわけがない。
死後数分で告白し、転生拒否をし、それでもなお、また会うために生きることを選んだ人間を。
「では、行ってきます!」
ひなたは光の中へ踏み出す直前、くるりと振り返った。
「アフラ」
「はい」
「待っていてくれますか」
ほんの少しだけ、アフラは黙った。
それから、静かに言った。
「約束はできません」
「……神様でも?」
「神にも、永遠に対して軽々しく約束できないことはあります」
「そうなんですね」
「ですが」
アフラの青い瞳が、まっすぐひなたを見た。
「あなたが戻ってくる時、この窓口に私がいられるよう、努力します」
「努力、ですか」
「はい」
「……それで十分です」
ひなたは笑った。
二十六年の人生で、いちばん晴れやかな笑い方だった。
「じゃあ、行ってきます。アフラ」
「……行ってらっしゃい、眞白様」
ブックマーク、★★★★★、リアクション
よろしくお願いします( *・ㅅ・)*_ _))ペコ




