第二話 眞白ひなた、転生を拒否する。
アフラは書類を置き、静かにひなたを見つめた。
その顔には、神としての長い生の中でもそうそう使わなかったであろう「途方に暮れる」という感情が、うっすら浮かんでいた。
「では改めて、お選びください」
「嫌です」
「……何がですか」
「転生したくないです」
「そうなりますか」
アフラは一度、静かに息を吐く。
神様も深呼吸をするのか、とひなたは場違いなことを考えた。
「眞白様。お気持ちはわかりますが、転生は補償であり、救済措置です」
「でもここにいたほうが楽しいです」
「何もありませんよ、ここには」
「あなたがいます」
「…………」
「知らない世界で聖女やるより、あなたの隣で大人しくしてるほうが絶対いいです」
ひなたは立ち上がって、ばん、とテーブルを叩いた。
「いいですか。私の二十六年を振り返ってください。恋愛経験ゼロ。好きな人に告白したこともない。初めて本気で好きになった相手が死後に会った神様です。そんな悲しいことあります!?」
「今まさに告白しておられますが」
「それは勢いです!勢いでしたけど本気です!」
「困ります」
「私はもっと困ってます!」
ひなたは赤い顔のまま、勢いに任せてまくし立てた。
「どうせ聖女って大変なんでしょう。魔物退治に浄化に癒やしに政略結婚に自己犠牲、おまけに世界の命運とか背負わされるんでしょう。私、そういう波乱万丈な人生はいいんです。やっと好きな顔を見つけたんです。なんでそこで別世界に飛ばされなきゃいけないんですか!」
「好きな顔、なんですね」
「えっ」
「いえ、失礼しました」
ひなたは両腕を組んで、ぷいと横を向いた。
完全な駄々っ子の体勢である。
アフラは一瞬だけ視線を伏せ、そして淡々と言う。
「眞白様。私は神です」
「知ってます」
「不老不死で、この世界の管理者で——」
「だからなんですか」
「……普通、人間は神に恋しません」
「私は普通じゃないので」
「…………」
アフラは長い沈黙の後、静かに立ち上がった。
そしてひなたの横に回り込み、視界に入るようにしゃがみ込んだ。
近い。
近い近い近い。
ひなたの心臓が、死んでいて、もはや動いていないはずなのに激しく跳ねた。
「眞白様」
アフラは穏やかに、しかしどこか苦笑気味に言った。
「そのお気持ちは、大変……光栄なのですが」
「光栄なんですね!ありがとうございます!!」
「神と人間では、存在の次元が違いすぎて——」
「次元は関係ないです」
「関係あります」
「二次元と三次元の差に比べたら、大したことありません」
「説得力があるようでありません」
その時だった。
「——なるほど、これは確かに難儀だ」
低く落ち着いた声が、白い空間に響いた。
ひなたが振り向くと、そこには壮年の男が立っていた。
アフラと同じく人ならざる気配を纏っているが、こちらはどこか世界そのものが人の形を取ったような、重く静かな威圧感がある。
「ズルワーン様」
アフラが立ち上がった。
ひなたは目を丸くした。
(うわ、上司だ)
壮年の神——ズルワーンは、愉快そうに目を細めた。
「話は聞いた。転生拒否の理由が、うちの創世神の顔が好みだから、とはな」
「やめてくださいズルワーン様」
「面白いものを面白いと言って何が悪い」
ズルワーンはひなたの前まで歩いてきて、じろりと彼女を見た。
威圧感はあるのに、どこか人の悪い笑みを浮かべている。
「娘、お前は本気か」
「本気です」
「創世神に一目惚れしただけで?」
「一目惚れした時点で人生最大の事件ですよ」
「なるほど、筋は通っている」
ズルワーンは、ふっと笑った。
「アフラ、お前はどう思う」
「困っています」
「それだけか?」
「……率直で、潔い方だとは思います」
「ほう」
「それと」
「それと?」
「……自分の気持ちに嘘をつかないのは、美徳かと」
「ほほう」
アフラは眉間を押さえた。
「反応を楽しむのはおやめください」
「いや無理だ、笑うだろ、こんなん」
ズルワーンは咳払いをひとつして、今度は事務的な口調になった。
「さて。規定上、どうする?」
「転生の同意は原則として本人から取ることになっています。よって強制転生はできません」
「では天界滞在は?」
「長期は認められていません」
「となれば」
「輪廻へ還るしかありません」
ひなたの顔から血の気が引いた。
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