第一話 眞白ひなた、享年二十六歳。
眞白ひなた、享年二十六歳。
死因はトラックではなく、コンビニのビニール袋に足を取られての転倒、頭部強打という、いささか締まらないものだった。
走馬灯というものは人生の名場面が流れるものだと聞いていたが、ひなたの場合、流れたのは「締め切り前夜のカップ麺」「上司の顔(最悪)」「先月買ったのにまだ読んでいない積ん読の山」の三本立てだった。
我ながら、ずいぶん業の深い最期である。
そういうわけで、ひなたは死んだ。
真っ白な光の中で目を覚ました時、まず思ったのは、
(あ、天国ってほんとにあるんだ)
という、ひどく冷静な感想だった。
あたりは眩しいほどに白く、雲のような、霧のような、何かふわふわしたものがどこまでも広がっている。
遠くには光の柱が立ち、どこからともなく荘厳な音楽が流れていた。
完全に異世界転生もののオープニングである。
(ああ、わかった。私、転生するやつだ。そして異世界恋愛とかしちゃうやつ。ジャンル的には絶対そう)
ひなたは生前、ファンタジー小説とコミックをこよなく愛していた。
だから状況把握は早い。
今ごろどこかに神様がいて、「異世界に転生してもらいます。ついては特別な能力を——」みたいな説明をしてくるはずだ。この流れは間違いなく、そう。
そこまで思考が追いついたところで、
「——お目覚めになりましたか、眞白ひなた様」
声がする方にひなたは振り返り、そして固まった。
(…………は?)
そこに立っていたのは、男だった。
ただの男ではない。
背は高く、すらりとした体躯に白い装束をまとっている。
淡い金髪は光を織り込んだように柔らかく輝き、深い青の瞳には星のような光が宿っていた。
鼻筋はすっと通り、口元には穏やかな微笑みが浮かんでいる。
その顔立ちは、神が本気で『美』という概念を設計したらこうなるのだろう、と思わせるほど完璧だった。
ひなたの脳内で、ハート型の何かが『ぽん』と音を立てて弾けた。
(タイプすぎる)
いや、タイプとかそういう話ではない。
人類が到達しうる美の限界が、そこに立っていた。
二十六年の人生で出会ったどんな俳優より、どんな漫画のキャラクターより、どんな二次元の推しより、圧倒的に、理不尽なほどに、美しかった。
「……あ、え」
「大丈夫ですか?突然のことで動揺されているのは当然です。私は創世神アフラと申します。このたびは残念なことに——」
「す」
「……す?」
「好きです」
静寂が落ちた。
アフラと名乗った神様は、ぱちりと瞳を瞬かせた。
「……はい?」
「違います、今のは忘れてください。忘却の彼方にお願いします。ええと、なんでしたっけ。転生?そう、転生ですよね」
ひなたは両手で顔を覆った。
死後数分で心の声が口から漏れた。
人生の最後まで業が深い。
アフラはわずかに戸惑いをにじませながらも、ひなたを白い空間の中央へ案内した。
そこには宙に浮かぶ水晶のテーブルと椅子があり、光る書類のようなものが整然と並んでいた。
「改めてご説明いたします」
向かいに座ったアフラは、穏やかに言った。
「眞白ひなた様には誠に申し訳ないことながら、今回の死は手違いによるものでした。本来あなたの寿命は、あと五十年ほど残っていたのです」
「手違い!?」
「はい。担当天使が書類を取り違えまして」
「雑!!」
「大変遺憾ではあるのですが、元の世界への帰還は構造上難しく、代わりに異世界への転生という形で補償をさせていただければと」
「なるほど」
ひなたは頷いた。
手違いで死んで、なんか探偵になる漫画を読んだ記憶がある。
普通なら「元の世界に帰してくれ」と言うところなのかもしれない。
だが、元の世界に未練があるかと問われれば、正直、微妙だった。
あの会社。あの上司。締め切りとカップ麺の日々。
むしろ転生のほうが当たりではないか、とすら思う。
「転生先は剣と魔法の異世界で、あなたには聖女という役割をお願いしたいと思っています」
「聖女……!いいじゃないですか、聖女!」
「ありがとうございます。それと補償の一環として、特別な能力をひとつお付けできます。魔法の才能、無限の体力、読心術、空間魔法、時間魔法——」
「あなたをください」
「……能力の話をしています」
「聞こえてましたよね」
「聞こえていたから困っているのです」
「すみません」
ひなたは一秒だけ反省した。
「では、空間魔法についてお聞きになりたいですか?」
「どんなことができます?」
「どこからでも物を取り出せます」
「便利ですね。あなたは取り出せますか?」
「私を、ですか」
「はい」
「できません」
「じゃあいりません」
「そんな理由で能力選定を拒否する方は初めてです」
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