第95話 断絶③
――翌朝
帝国学院。
いつものように朝の鐘が鳴り、生徒達が教室へ向かう。
しかし、その穏やかな空気は、一人の教員が全力で廊下を駆け抜けた瞬間に終わりを告げた。
「学院長! 緊急報告です!」
その声は学院中へ響き渡るほど切迫していた。
◇
学院長室
勢いよく扉が開かれる。
「失礼します!」
若い教員は息を切らしながら一枚の緊急文書を差し出した。
「帝都中央司令部より緊急速報です!」
ルミナスは文書を受け取り、静かに目を通す。
その表情が初めて大きく変わった。
「……始まったか」
エリオスが文書を覗き込み、息を呑む。
「まさか……」
文書には大きく記されていた。
『アストリア王国軍、神樹の国シルヴァリスへ侵攻開始』
『国境守備隊と交戦中』
『帝国政府は至急対応を協議』
学院長室に重苦しい沈黙が落ちる。
「王国がとうとう全面侵攻を始めたか」
ルミナスは静かに窓の外を見る。
「ライト君達へ知らせる前に、まず情報を整理する」
「混乱だけは避けなければならない」
しかし、その願いは届かなかった。
再び扉が叩かれる。
「学院長!」
今度は教務課職員だった。
「帝都中へ奇妙な情報が流れ始めています!」
「何だ」
「王国から流出したという極秘資料です!」
ルミナスの瞳が細くなる。
「内容は?」
職員は震える声で読み上げた。
「『神樹の国侵攻作戦に、ライト・グランフェルが協力している』」
「『神樹の国英雄魔導士アイリシア失踪事件にも関与』」
「『帝国学院襲撃事件は内部協力者によるもの…..その中心人物はライト・グランフェル』」
「…………」
学院長室から音が消えた。
エリオスが低く呟く。
「……一気に来たな」
「ええ」
ルミナスも理解した。
これは偶然ではない。
王国の計画が動いたのだ。
◇
同じ頃。
教室。
「嘘だろ……?」
一人の生徒が新聞号外を握り締めていた。
「ライトが……王国の間者?」
「これは本当のことなのか?」
「でも新聞に……」
教室中がざわめく。
フィオレリアは記事を奪うように読み始めた。
その手が震える。
『魔王国代表ライト・グランフェル』
『王国軍との内通疑惑』
『学院襲撃事件との関連を調査中』
「こんなもの……!」
リリアナも記事を読み、顔色を失った。
「あり得ません……!」
レオナだけは静かに鼻を鳴らした。
「……嘘」
小さく呟く。
「全部……嘘」
だが、ライトとの付き合いが浅い者達には、その記事が真実に見えてしまう。
教室の空気が変わり始めていた。
◇
教務監査官室。
「ラザール先生!」
教員達が慌ただしく部屋へ入る。
「例の記事ですが……」
「読みました」
ラザールは静かに新聞を机へ置いた。
その表情には驚きはない。
むしろ、納得したように頷いていた。
「やはりです」
教員達が顔を見合わせる。
「先生……?」
ラザールはゆっくり立ち上がる。
「私は最初から言っていました」
「魔族を学院へ受け入れるべきではないと」
拳を強く握る。
「神樹の国侵攻」
「英雄魔導士の失踪」
「学院襲撃」
「全て繋がった」
教員の一人が恐る恐る言う。
「ですが……まだ真偽は……」
「真偽?」
ラザールが鋭く振り返る。
「これほど証拠が揃っているのだぞ!」
その声に教員達は息を呑む。
「魔族は人を欺きます」
「人族とは価値観が違う…..だから私は警戒していた」
「しかし、学院長は情に流された…..私は違う」
その目には強い使命感が宿っていた。
「帝国と人族を守る…..それが私の責務です」
机を強く叩く。
「直ちに研究棟を封鎖します」
教員達が驚く。
「封鎖……?」
「ライト・グランフェル」
「シュプール」
「両名の研究資料、魔導具、設計図」
「全て押収しなさい。」
「魔王国から持ち込んだ私物も例外ではありません」
「え……ですが学院長の許可が……」
「必要ありません」
ラザールは一歩前へ出た。
「帝国の安全保障に関わる案件です」
「責任は全て私が負います」
部屋は静まり返る。
教員達は戸惑いながらも頷いた。
「……承知しました」
彼らが部屋を出ると、ラザールは静かに窓の外を見つめる。
その視線の先には研究棟。
「ライト・グランフェル」
「もう逃げられません」
◇
学院の屋根。
黒い外套を纏った《梟》は、学院中へ広がる混乱を見下ろしていた。
生徒達のざわめき。
教師達の動揺。
そして――
ラザールの暴走。
全てが予定通りだった。
「見事です」
誰へともなく呟く。
「人は一度信じたものを、自ら証明し始める」
風が吹く。
黒い外套が揺れる。
《梟》は静かに笑った。
その笑みは、学院へ迫る更なる混乱を予感させるものだった。




