第90話 魔法交流
翌日――
帝国学院。
第一演習場。
澄み渡る青空の下、学院中の生徒達がざわついていた。
「本当に来るのか?」
「エルフ王女が授業を見学するらしいぞ」
「いや、見学じゃなくて交流会だって」
そんな噂が飛び交う中、一人だけ変わらない人物がいた。
「……眠い」
ライト・グランフェルである。
「昨日遅くまで新魔法の解析してたしなぁ……」
隣ではマキナが無表情で答える。
『スイミンジカン、ヨジカンジュウニフン』
「数えなくていいから」
『ゴシュジンサマハフキソクデス』
「正論はやめて」
いつものやり取りだった。
◇
やがて。
学院長ルミナスと共に、一団が演習場へ姿を現す。
翡翠色の制服を纏うエルフ騎士。
その中央には、リリアナ・シルヴェル。
彼女が姿を現した瞬間、学院中の視線が集まった。
「綺麗……」
「本当にお姫様だ……」
感嘆の声が漏れる。
リリアナは軽く微笑みながら、生徒達へ会釈を返した。
その姿はまさに絵画のようだった。
しかし。
彼女の視線だけは、一人の少年を探していた。
(……いた)
演習場の隅。
欠伸を噛み殺しているライト。
昨日と変わらない、自然体でありながらも美しい姿。
その瞬間だった。
トクン――
首飾りが、また淡く輝く。
(また……)
昨日だけではない。
距離が近付くほど、風が騒ぐ。
まるで喜んでいるように。
◇
「では今日は、帝国学院と神樹の国の交流訓練を行う」
ルミナスが全体へ告げる。
「互いの魔法を学び合うことが目的だ」
歓声が上がる。
エルフの魔法。
それは人族では滅多に見ることができない。
リリアナは一歩前へ出た。
「それでは僭越ながら」
ゆっくりと杖を掲げる。
「風よ」
その一言だけだった。
次の瞬間。
サァァァァ……
優しい風が演習場を包む。
木々が揺れ。
花弁が舞い。
まるで自然そのものが彼女へ応えているようだった。
「すごい……」
「精霊魔法か……!」
生徒達が息を呑む。
風は決して暴れない。
穏やかに。
美しく。
演習場全体を一周すると、ゆっくり消えていった。
拍手が起こる。
リリアナは静かに一礼した。
◇
「次は帝国代表」
ルミナスが笑う。
「ライト君」
「……え?」
ライトは固まった。
「俺?」
「うん」
「聞いてないですよ?」
「今決めた」
「そんな無茶苦茶な」
周囲から笑いが漏れる。
ライトは頭を掻きながら前へ出た。
「えっと……」
何を見せよう。
ディバインアビスフレイムは論外。
学院が消える。
エンド•レインもダメ。
まだ人には見せたくない。
「普通のでいいか」
右手を前へ。
「ライトボール」
ポゥ……
掌に小さな光球が浮かぶ。
あまりにも普通。
生徒達も拍子抜けしていた。
「なんだ」
「基礎魔法?」
ところが。
リリアナだけは目を見開いていた。
(違う)
見えている。
光球の内部。
圧縮された、とてつもない魔力。
暴れない。
漏れない。
完全に制御されている。
(なんて制御力……)
王国宮廷魔導士でも、ここまで美しく魔力を纏める者はいない。
ライトは何も考えず光球を放る。
ふわり。
空へ上がった光球は、花火のように弾ける。
無数の光の粒が学院中へ降り注いだ。
「おぉ……!」
歓声が上がる。
戦闘魔法ですらない。
ただ綺麗だから。
それだけで皆が笑顔になった。
ライトは照れ臭そうに笑う。
「終わりです」
「地味だな」
「でも綺麗だった」
そんな感想が飛び交う。
だが。
リリアナだけは動けなかった。
(あの魔力……)
一切の無駄がない。
自然そのもの。
まるで世界が彼を拒まず、受け入れているような感覚。
それは――
姉。
アイリシアが魔法を使った時と、よく似ていた。
◇
訓練終了後。
リリアナは思わずライトへ近付く。
「ライト様」
「あ、王女様」
「リリアナで結構です」
「いや、それは流石に」
「ではリリアナさんで」
「……分かりました」
少し嬉しそうに笑うリリアナ。
「先ほどの魔法、とても美しかったです」
「え?」
「ただの光球ですよ?」
「だからです」
リリアナは首を振る。
「あれほど美しく魔力を制御できる方を、私は知りません」
「そうなんですか?」
本人は本気で分かっていない。
リリアナは苦笑した。
(この人……)
自分がどれほど規格外なのか。
全く自覚していない。
「もしよろしければ」
リリアナは意を決して言う。
「今度、一緒に魔法の研究をしませんか?」
「風魔法と光魔法は相性が良いと言われています。何か新しい発見があるかもしれません」
ライトの目が輝く。
「本当ですか!」
「ぜひお願いします!」
あまりにも嬉しそうな笑顔。
その笑顔につられ、リリアナも自然と笑みを浮かべていた。
少し離れた場所では、ルミナスとエリオスがその様子を眺めている。
「随分と打ち解けるのが早いね」
「風が導いていますからね」
「……そうだね」
ルミナスは静かに空を見上げた。
春風が学院を優しく吹き抜けていく。
その風は、遠くアストリア王国へも続いていた。
地下研究施設。
眠り続けるアイリシア・シルヴェルの指先が、再び微かに震える。
閉ざされた瞼の奥で、一筋の涙が静かに頬を伝った。
誰にも聞こえないほど小さな声が漏れる。
「……リリアナ……」
そして、さらにもう一つ。
「……ライト……」
離れた二人の名を呼ぶように、風は静かに吹き続けていた。
そして運命の糸は、少しずつ、しかし確実に結び始めていた。




