第86話 神樹の国
学院襲撃事件から三日後――
帝都アルセリア。
帝国皇城。
◇
『……で』
『なんで俺が呼ばれてるんですかね』
ライトは豪華すぎる会議室で頭を抱えていた。
長机の向こうには。
帝国宰相。
近衛騎士団長。
軍務卿。
学院長ルミナス。
副学院長エリオス。
そして――
皇帝陛下本人。
そうそうたる面々である。
帰りたい。
今すぐ帰りたい。
『ライト君』
副学院長エリオスが微笑む。
嫌な予感しかしない。
『今回の件について話し合っていたのだけども…』
『俺、被害者側なんですけど』
『学院施設損壊の関係者でもある』
『マキナ!!』
『ハイ』
なぜか部屋の隅に立っていた。
いつの間に入った。
『ワタシハワルクアリマセン』
『お前も壊してただろうが!』
『ミナサマヲマモリマシタ』
『そこは本当にありがとう』
否定できなかった。
結果的にフィオレリア達を守ったのは事実だ。
◇
『本題に入ろう』
皇帝が口を開いた。
空気が変わる。
『今回の事件で判明したことがある』
全員の表情が引き締まる。
『裏で王国が動いている』
誰も否定しない。
ルシェイン皇子の煽動。
学院襲撃。
工作員レイヴン。
未知のゴーレム兵器。
全てが偶然とは思えなかった。
『そして』
皇帝の視線がライトへ向く。
『奴らは魔王国の不信を煽っておる』
『……でしょうね』
驚きはなかった。
二度も魔王国へ侵攻している。
王国が魔王国を目の敵にしているのは明らか。
その魔王国が帝国と手を組むのは面白くはないだろう。
むしろ今更だった。
『理由は分からん』
皇帝は腕を組む。
『だが王国は執拗だ』
『今回の学院襲撃』
『次も来るだろう』
『面倒ですねぇ』
心底そう思った。
平穏な学園生活を送りたいだけなのに。
なぜか世界が放っておいてくれない。
◇
その時だった。
コンコン。
会議室の扉が叩かれる。
『失礼します』
入ってきたのは情報部の将校だった。
表情が硬い。
『陛下』
『何だ』
『緊急報告です』
将校は一枚の書類を差し出した。
皇帝が目を通す。
そして。
僅かに眉を動かした。
『ほう』
その反応に全員が注目する。
『どうしたんです?』
ライトが尋ねる。
皇帝は書類を机へ置いた。
『エルフ国から正式な外交使節団が来る』
『エルフ国?』
思わず首を傾げた。
神樹の国シルヴァリス。
大陸でも屈指の閉鎖国家だ。
滅多に他国へ姿を見せない。
『目的は?』
エリオスが問う。
将校が答えた。
『行方不明となった英雄魔導士の捜索です』
会議室が静まり返る。
『英雄魔導士?』
『アイリシア・シルヴェル』
その名前を聞いた瞬間。
なぜか。
胸の奥がざわついた。
知らない名前。
知るはずのない人物。
なのに。
まるで何かに呼ばれたような感覚。
『……?』
ライトは小さく眉をひそめる。
だが誰も気付かなかった。
◇
同時刻――
神樹の国シルヴァリス。
世界樹の麓。
巨大な神殿。
そこには一人の少女が立っていた。
エメラルド色の髪。
透き通るような白い肌。
長い耳。
若く見えるが、その瞳には悠久の時が宿っている。
彼女は静かに祭壇へ手を置いた。
次の瞬間。
祭壇に刻まれた古代文字が淡く輝く。
『……見つけた』
少女が呟く。
その声は震えていた。
『風の反応』
『アイリシア姉様……』
数年。
いや。
もっと長い年月探し続けた。
そして今。
微かだが確かに感じる。
風のレガリアの波動。
生きている。
まだ生きている。
『準備を』
少女が振り返る。
背後には数十人のエルフ騎士。
『帝国へ向かいます』
騎士達が息を呑む。
『姫様』
『構いません』
少女は断言した。
『もしアイリシア姉様が本当に生きているなら』
瞳に決意が宿る。
『私は必ず連れ戻します』
神樹の国第二王女。
リリアナ・シルヴェル。
彼女の旅立ちが決まった瞬間だった。
◇
さらにその頃――
アストリア王国。
地下研究施設。
眠るアイリシアの指先が。
ぴくりと動いた。
『……っ!?』
研究員が目を見開く。
『反応です!』
警報が鳴り響く。
アイリシアの閉じた瞼の奥で。
風が吹いていた。
まるで。
誰かを探すように。
そして。
その唇が微かに動く。
『……ひ……か……り……』
誰にも聞き取れないほど小さな声。
だが確かに。
風のレガリアは目覚め始めていた。
そして運命の歯車はさらに加速する。
王国が求める七柱のレガリア。
その一人が目覚め。
エルフ国が動き出し。
帝国にも新たな波乱が訪れようとしていた。
だが当の本人は――
『マキナ』
『ハイ』
『体育館の修理代っていくらだと思う?』
『ケイサンチュウ』
『計算しなくていい』
『オソラクキョガクデス』
『聞かなきゃ良かった!!』
世界の命運など知らぬまま。
ライトは今日も平和に頭を抱えていた。
――だが、その平和はもう長く続かない。
次なる戦いは。
神樹の国シルヴァリス。
そして風のレガリア。
アイリシア・シルヴェルを巡る戦いへと繋がっていくのだった。




