第84話 残された火種
俺は学院の廊下を全力で駆け抜けていた。
嫌な予感がする時というのは、大抵当たる。
そして今の予感は、間違いなく最悪の部類だった。
『間に合えよ……!』
窓の外では凄まじい爆発音が鳴り響いている。
ドォォォォン!!
恐らくマキナと翡翠の特殊個体がやり合っているのだろう。
正直、そっちも気になる。
めちゃくちゃ気になる。
なんなら見たい。
だが今はフィオレリアさんが優先だ。
あっちはマキナに任せるしかない。
◇
避難区域――学院体育館。
そこは既に戦場になっていた。
ガギィィィン!!
金属音が響く。
『ハク!』
『ライト!』
駆け込んだ俺の目に飛び込んできたのは、レイヴンと斬り結ぶハクの姿だった。
床には深い切り傷が何本も刻まれている。
普通の人間なら数合で終わるはずだ。
だがレイヴンは違った。
速い。
異常なほどに。
『ほう』
レイヴンが俺を見る。
『来ましたか』
『随分と好き勝手やってくれたな』
『仕事ですので』
その口調には感情がない。
本当に仕事なのだろう。
だからこそ厄介だ。
信念で動く人間よりも、利益で動く人間の方が止めづらい。
『フィオレリアさん!』
『ライト様!』
フィオレリアとレオナはヒメルに守られていた。
無事だ。
とりあえず一安心。
『怪我は!?』
『ありません!』
良かった。
本当に良かった。
◇
しかし安心している暇はなかった。
レイヴンが笑ったからだ。
『優先順位を間違えていますよ』
『何?』
その瞬間。
ドォォォォォン!!
外から爆発音。
さらに続けて――
ガシャァァァァン!!
体育館の壁が吹き飛んだ。
『なっ!?』
瓦礫が舞う。
悲鳴が上がる。
そして。
煙の中から現れたのは――
翡翠色の腕だった。
『嘘だろ……』
俺の顔が引き攣る。
そこには半壊状態の翡翠の特殊個体がいた。
頭部は半分消し飛んでいる。
胸部も抉れている。
片腕も無い。
だが。
動いていた。
『マキナは何してんだ!?』
思わず叫ぶ。
すると。
『ゴシュジンサマ』
インカムから声。
妙に落ち着いている。
『オイコミチュウデス』
『追い込み中!?』
次の瞬間。
体育館の天井を突き破って何かが降ってきた。
ドガァァァァァン!!
着地と同時に床が陥没する。
銀髪。
完全武装。
マキナだった。
『オマタセイタシマシタ』
『いや待ってない待ってない!なんで体育館に突っ込んでくるんだよ!?』
『ターゲットガニゲマシタ』
『だからって建物を壊しながら追って来るな!!』
◇
翡翠の特殊個体が赤い瞳を光らせる。
マキナも青い瞳を発光させる。
バチバチと火花が散る。
完全にライバル同士の顔合わせだった。
『マキナ』
『ハイ』
『ここで暴れるな』
『ムズカシイヨウキュウデス』
『頑張れ』
『ゼンショシマス』
本当に頑張ってほしい。
切実に。
◇
その時だった。
レイヴンが静かに後退した。
『さて』
『逃がすか!』
俺が銃を向ける。
だがレイヴンは笑った。
『勘違いしないで下さい』
『?』
『私は既に目的を達成しています』
嫌な予感。
レイヴンは続ける。
『学院への被害』
『皇帝派と皇子派の対立激化』
『魔王国製兵器による騒乱』
『皇女暗殺未遂』
一つ一つ数えるように言う。
『十分な成果です』
『……』
『帝国はこれから内部で争い始めるでしょう』
『そして、こちらにいらっしゃる人々はこう言うのです….魔王国の陰謀だ….と』
その言葉にフィオレリアの表情が曇る。
レイヴンはそこを突いた。
最初から。
最初からそれが狙いだったのだ。
皇族を殺すことではない。
帝国内部を疑心暗鬼にすること。
そして帝国と魔王国の同盟を破綻させること。
『皆さん!私は魔王国の使者!今回はご挨拶に伺ったまで。また近いうちにお会いしましょう!』
レイヴンは周囲の生徒、教師、護衛の騎士達に聞こえるように大声で叫ぶ。
『クソッ!』
『それでは失礼します』
レイヴンの足元に魔法陣が広がる。
転移魔法。
『逃げる気か!』
俺が引き金を引こうとした瞬間だった。
『ゴシュジンサマ』
『ん!?』
『オマカセクダサイ』
マキナの背中から何かが射出された。
シュバァァァァッ!!
一本のワイヤー。
いや違う。
杭だ。
杭付きワイヤー。
『ナニソレ!?』
また知らない武装が出てきた。
ドゴォォォォン!!
杭がレイヴンの足元へ突き刺さる。
そして。
バキィィィィン!!
展開しかけた転移魔法陣が砕け散った。
『なっ!?』
初めてレイヴンの表情が崩れた。
『転移阻害……だと!?』
『ホカクモード、カイシ』
『待て待て待て待て!?』
『そんなのもあるのかよ!』
『アリマス』
知ってた。
もう驚かない。
◇
俺はナインティーンイレブンを向ける。
『ここで終わりだ』
その言葉に。
レイヴンは小さく息を吐いた。
そして。
笑った。
『ええ』
『通常なら』
嫌な予感。
『ですが、私は工作員です』
レイヴンが指を鳴らす。
その瞬間。
翡翠の特殊個体の全身へ魔法陣が走った。
『何だ!?』
ギギギギギギ……
翡翠の特殊個体が動く。
だが今までと違う。
戦闘態勢ではない。
俺の方を見ていない。
レイヴンの方へ向いている。
『まさか……』
『そのまさかです』
レイヴンが肩を竦めた。
『貴重な特殊個体を置いて帰るほど、王国も愚かではありません』
次の瞬間。
翡翠の特殊個体の胸部が展開。
内部から巨大な魔法陣が現れる。
『マキナ!!』
『リョウカイ』
マキナが飛び出す。
だが。
遅い。
『転送開始』
翡翠色の光がレイヴンと特殊個体を包む。
『ライト・グランフェル』
レイヴンが最後に笑う。
『次はもっと周到に準備しましょう』
『待て!!』
俺は引き金を引く。
ズガァァァァン!!
魔力弾が飛ぶ。
しかし。
光の中へ吸い込まれるだけ。
『それでは』
閃光。
そして――
二人は消えた。
残されたのは破壊された体育館と、そこに居た者たちの魔王国への疑惑だけだった。




