第66話 ラザール教務監査官
いよいよ今日から、セレスティナ帝国学院での学院生活が始まる。
本来であれば、十二歳未満の俺は予備課程へ編入する予定だった。
だが編入試験の結果――飛び級が決定。
気付けば、一つ上の初等課程へ放り込まれることになっていた。
ちなみにハクとヒメルは予定通り予備課程だ。
身体能力こそ化け物染みていたものの、知識や教養面では年相応と判断されたらしい。
まあ妥当だろう。
ハクなんて最近まで狼だったし。
『よし……行くか』
『友達作るぞ~!』
『俺、なんかドキドキする』
三者三様の意気込みを胸に、校門をくぐる。
耳にはピアス型のインカム。
胸元にはネックレス型の小型発信機。
もしもの時のための装備も万全だ。
平和な学院生活を送るための準備は完璧である。
……多分。
朝の校門は登校する生徒たちで賑わっていた。
その流れに混ざって歩いていると、不意に後ろから聞き慣れた声が響く。
『皆さま、おはようございます』
振り返る。
そこには、朝日に負けないほど眩しい笑顔を浮かべたフィオレリア皇女の姿があった。
『フィオレリア様、おはようございます』
『皇女様~!おはようございま~す!』
『皇女様、おはよう、ござます』
三人の挨拶に、フィオレリアは嬉しそうに微笑む。
そして――
『皆さん、今日からは同じ学院に通う仲間ですから、私のことはフィオレリアとお呼びください』
『フィオレリア~、フィオレリア~』
即答。
ヒメルだった。
コミュ力の化身である。
『呼び捨てですか……善処します』
『皇女様、名前、難しい……』
ハクは発音で苦戦していた。
一方のライトは。
(いやいやいや……皇女殿下を呼び捨てとか無理だろ……)
内心で全力拒否していた。
漫画やラノベならよく見る展開だ。
「名前で呼んでください」
「えっ……」
みたいな甘酸っぱいやつ。
だが実際に自分がやるとなると話は別だった。
なんだこの妙な気恥ずかしさは。
四十代の精神年齢にこれは効く。
『ふふっ、いつか慣れてくださいね』
そんなライトの葛藤など知らず、フィオレリアは楽しそうに笑った。
そのやり取りは、当然ながら周囲の注目を集めていた。
『誰だあれ……』
『魔王国の留学生だろ?』
『皇女殿下と仲良さそうだけど……』
好奇心。
警戒。
嫉妬。
そして嫌悪。
様々な感情を含んだ視線が向けられる。
当然だろう。
この帝国は多種族国家ではある。
だが魔族はいない。
俺たちは、この国の人々にとって未知の存在なのだ。
魔王国から来た留学生。
その肩書だけで警戒されるには十分だった。
(まあ、焦っても仕方ないか)
信頼なんて一日で得られるものじゃない。
少しずつ。
地道に。
無害だと知ってもらうしかない。
そう考えながら、ライトは小さく息を吐いた。
どうやら学院生活は、初日から波乱含みらしい。
⸻
校舎へ入ったライトたちは、そのまま職員室へ向かった。
いきなり教室へ放り込まれるよりは遥かにマシだ。
知らない生徒しかいない教室で、一人席に座って教師が来るのを待つ。
そんな拷問みたいな状況は勘弁してほしい。
ちなみにフィオレリアは授業準備のため途中で別れている。
『失礼します』
職員室の扉を開く。
すると――
『ライトくん!!』
聞き覚えしかない声が響いた。
『魔法作ろう!!』
『違うでしょ!?』
猛ダッシュで迫ってくるルミナス学院長。
それを必死に追いかけるエリオス副学院長。
朝から平常運転である。
『ルミナス学院長、エリオス副学院長。本日からよろしくお願いします』
ライトは華麗にスルーした。
『うん、おはよう。こちらこそよろしくね』
エリオスが苦笑しながら挨拶を返す。
その背後では学院長が、
『新魔法ぁぁぁぁ……』
と未練たらしく声を上げていた。
そんな時だった。
『ふん』
不快そうな鼻息が響く。
視線を向けると、一人の小太りの男がこちらを睨んでいた。
『魔族などを編入させて、本当に大丈夫なのですかな?』
露骨な侮蔑。
隠そうともしない敵意。
『ラザール教務監査官!』
エリオスが声を荒げる。
『失礼ですよ』
『失礼?』
ラザールは鼻で笑った。
『皆が腫れ物に触るように扱っているではありませんか。魔族だからでしょう? 危険だからでしょう?』
『違います』
エリオスの声が鋭くなる。
『私は生徒を人として尊重しているだけです。この三人だけを特別扱いしている訳ではありません』
『どうだか』
『ラザール』
今度はルミナスが口を開く。
先ほどまでの軽い雰囲気は消えていた。
『その辺にしておきなよ』
学院長としての威圧感が滲む。
それでもラザールは鼻を鳴らした。
『せいぜい問題を起こさないことですな』
そう言い残し、男は職員室を去っていった。
重苦しい沈黙が残る。
『ごめんね』
エリオスが申し訳なさそうに頭を下げた。
『教員もああいう人ばかりじゃないから』
『大丈夫ですよ』
ライトは肩を竦める。
『気にしてませんから』
だが内心では理解していた。
ラザール教務監査官。
学院の規律と運営を監督する立場の人物。
そして恐らく――学院内における最大の反魔族派。
今後の学院生活で何度も衝突することになるだろう。
ライトは去っていった男の背中を思い出しながら、小さく息を吐いた。
どうやら。
本当に平穏な学院生活というのは難しそうである。




