第65話 魔族ってヤベェ
眩い純白の光。
そして、すべてを呑み込むかのような漆黒の闇。
本来なら決して交わることのない二つの属性が、水晶玉の中で絡み合うように渦を巻き、幻想的な輝きを放っていた。
一瞬――
広間から音が消える。
『ちょっ、ちょっとエリオス!? こ、これって……!』
『光と闇……まさか……』
ルミナス学院長とエリオス副学院長が、水晶玉を食い入るように見つめる。
周囲の教師たちもざわめき始めた。
当然だろう。
複数属性の適性を持つ者は稀に存在する。
しかし――光と闇だけは別だ。
互いに対極に位置する属性。
同時に宿ることなど有り得ない。
それがこの世界の常識だった。
『あ、あの~……どうかしました?』
ライトは白々しく首を傾げる。
もちろん予想はしていた。
だが問題はここからだ。
平穏な学院生活を送れるかどうか。
そこが重要なのである。
珍獣扱いされるのか。
研究対象として解剖台に載せられるのか。
それとも魔族らしいと恐れられるのか。
ライトの未来は、今まさに決まりつつあった。
『どうかしました?じゃないよっ!!』
ルミナス学院長が机を叩きながら立ち上がる。
『光と闇だよ!? 光と闇!! 同時適性なんて聞いたことないよ!? なにそれ!? 超面白いんだけど!!』
『ルミナス、落ち着いて……』
慌てて制止に入るエリオス。
しかし学院長の興奮は止まらない。
『いやだって無理でしょ!? あり得ないでしょ!? こんなの研究者なら興奮するに決まってるじゃん!!』
どうやら恐れられる心配はなさそうだ。
代わりに別方向で危険な気配がしていた。
『ライトくん。ひとつ聞いてもいいかな?』
『はい?』
『魔王国では、光と闇の両方を持つ魔族は珍しくないのかな?』
『いえ、多分いないと思います』
『だよねぇ……』
エリオスが遠い目をする。
『つまり君だけってことか……』
特別。
悪くない響きだ。
問題はその特別が、研究対象という意味で使われていないかどうかだが。
『ライトくん!!』
気付けばルミナス学院長が目の前にいた。
『一緒に新魔法作ろう!!』
『はい?』
『絶対面白い魔法できるって!!』
『ちょ、ルミナス!?』
学院長はライトの両手を握り、そのまま上下にぶんぶん振り回す。
目が完全に輝いている。
獲物を見つけた研究者の目だった。
どうやら俺は恐怖の対象ではなく、興味深い実験素材として認識されたらしい。
……まあ、怖がられるよりはマシか。
多分。
その後も試験は続いた。
魔力量測定。
基礎体力測定。
そして――
再び広間が騒然となる。
『えっ……測定不能?』
『測定器の上限を超えております……』
教師の一人が震える声で報告する。
ライトの魔力量は規格外。
測定器では正確な数値すら出せなかった。
さらに身体能力測定では、一般人の平均を軽々と上回り、三人とも五十倍から百倍近い数値を叩き出したのである。
『えっと……君たち何者なの?』
ルミナス学院長が少し引いた顔で言う。
『魔族ってみんなこうなの?』
エリオスまで若干後ずさっていた。
ライトは思わず頭を掻く。
やってしまった。
完全にやり過ぎた。
本来ならもっと手加減するべきだったのだ。
しかしライトにその発想はなかった。
なにせ彼の基準は魔族だからである。
進化したハクやヒメル。
そして魔王軍幹部たち。
そんな規格外の存在ばかりに囲まれて育った結果、ライトの常識はとっくに壊れていた。
人族の自分でも出来るんだから、他の人も頑張れば出来るでしょ。
割と本気でそう思っていたのである。
『ま、まぁ……魔王国ではこういう試験をやったことがありませんからね』
ライトは乾いた笑みを浮かべた。
『もしかしたら他にもいるかもしれません』
『魔族……恐るべし……』
ルミナス学院長が真顔で呟く。
違う。
魔族全体ではない。
おかしいのは主に君たち三人である。
だが、その誤解を訂正する者は誰もいなかった。
⸻
試験を終えた帰り道。
ライトはハクとヒメルを連れ、帝都ネメシアの街並みを歩いていた。
改めて見渡してみる。
人族。
エルフ。
獣人。
ドワーフ。
様々な種族が自然に行き交っている。
その光景は決して珍しいものではない。
ドワーフの父親。
獣人の母親。
二人の手を握りながら歩く子供。
笑い声を響かせる家族。
それらは、この国では当たり前の光景だった。
種族が違うからといって壁を作らない。
違いを受け入れ、共に生きている。
前世の世界にも差別は存在した。
人種。
文化。
宗教。
価値観。
同じ人間同士ですら、違いを完全に受け入れることは難しかった。
ましてや、この世界は違う。
耳の形も。
寿命も。
身体能力も。
根本から異なる種族が共に暮らしているのだ。
それでも。
この帝国は、それを実現していた。
『すごい国だよな……』
ぽつりと呟く。
だからこそ守りたい。
アストリア王国やツヴァイス神聖国が否定しようとしているものを。
ここで笑って暮らしている人々を。
そのために自分たちはここへ来たのだから。
『ご主人様ー?』
『ライト、どうした?』
振り返ると、ハクとヒメルが不思議そうな顔をしていた。
『いや、なんでもない』
ライトは笑う。
そして二人と並んで歩き出した。
明日にはクラス分けが発表される。
どんな学院生活が待っているのか。
少しだけ不安で、少しだけ楽しみだった。




