第64話 魔力適正テスト
外壁と同じ白亜の壁に囲まれた広間。
そこには一列に並べられた長机と、無言で書類に目を通す面接官たちの姿があった。
まるで国家試験か、あるいは重罪人の裁判でも始まりそうな空気だ。
「どうぞ、こちらへお掛けください」
案内役の教師に促され、ライトたちは広間中央に用意された三脚の椅子へ向かう。
その直前――
フィオレリアが小さく拳を握った。
「頑張ってくださいね!」
声には出していない。
だが表情だけで伝わってくる。
完全に保護者である。
そんな彼女に苦笑しつつ、三人は席へ腰を下ろした。
「失礼いたします」
「しつれいしま~す!」
「しつ……れいします」
戦場では数千の兵を相手にしても平然としていた三人だが、今だけは違った。
全員が緊張している。
ものすごく緊張している。
静寂。
紙をめくる音だけが響く。
カサリ。
カサリ。
コチ……コチ……
時計の秒針がやけに大きく聞こえた。
やがて。
最奥に座っていた一人の女性が顔を上げる。
淡い紫がかった長髪。
整った美貌。
種族はエルフだろう。
年齢だけ見れば二十代前半ほど。
だが纏う雰囲気は只者ではない。
その瞬間。
三人の喉が同時に鳴った。
ゴクリ。
試験が始まる――
そう思った瞬間だった。
「なーんちゃって!!」
「「「へ?」」」
バァンッ!!
女性が机を叩いて立ち上がった。
あまりにも勢いよく。
今にも『ドッキリ大成功!』と書かれた看板を持った人間が飛び出してきそうな勢いだった。
「緊張した!? ねぇ緊張した!? 絶対したよね!?」
「学院長ぉぉぉぉ!!」
隣の席にいた緑髪の男性が頭を抱えた。
「だから申し上げましたよね!?魔王国からの大切な留学生なのですから、威厳を見せましょうって!」
「えぇ~?でも堅苦しいの疲れるじゃん?」
「そういう問題ではありません!」
「私は楽しかった!」
「はぁ……」
男性は盛大なため息を吐いた。
一方ライトたちは完全に置いていかれていた。
何だこれ。
本当に名門学院か?
「はいっ!皆さん注目ー!」
白い髪を揺らしながら女性が胸を張る。
「私がセレスティナ帝国学院学院長、ルミナスでーす!」
満面の笑みだった。
さっきまでの重苦しい空気はどこへ行ったのだろう。
「は、はぁ……」
ライトたちは反射的に返事をした。
理解は追いついていない。
全く追いついていない。
すると緑髪の男性が申し訳なさそうに苦笑した。
「補足させていただきますね」
そう言って軽く一礼する。
「こちらがルミナス学院長です。現在のジューダス帝国最高位魔術師にして、皇帝陛下ですら一目置く存在です」
「えっ」
ライトは思わずルミナスを見る。
さっきまで威厳ゼロだった人である。
「巷では『白銀の賢姫』とも呼ばれています」
「えっ?」
さらに驚く。
どこが賢姫なのだろう。
いや、きっと賢いのだろう。
多分。
恐らく。
「そして私は副学院長のエリオスです。よろしくお願いします」
丁寧に頭を下げるエリオス。
見た目はエルフの青年。
落ち着いた雰囲気で、学院長とは正反対だった。
むしろ苦労人オーラが凄い。
「あぁ……いつも大変そうだな……」
思わず同情してしまうライトだった。
「それでは本題に入りましょう」
エリオスが手を叩く。
すると周囲の教師たちが一斉に動き始めた。
気付けば三人の前には水晶玉や測定器具がずらりと並べられている。
「まずは魔力適性を確認します」
「魔力適性?」
「はい。この水晶に手をかざしてください」
「私やるー!」
真っ先に飛び出したのはヒメルだった。
ヒメルは物怖じすることなく水晶玉の前へ進み出ると、そっと手をかざした。
だが流石に初めてのことだったのだろう。
「これであってる~?」
そう言いたげに、ちらちらとエリオスへ視線を向ける。
するとエリオスは微笑みながら静かに頷いた。
「ええ、そのままで大丈夫ですよ」
その声は穏やかで、どこか子供を安心させるような優しさを含んでいた。
まるで我が子を見守る父親のような眼差し。
その様子を見ていたライトは、胸の内で小さく安堵の息を吐く。
実のところ、学院へ来る前から少し気掛かりなことがあった。
ジューダス帝国は多種族国家とはいえ、国内に魔族はほとんど存在しない。
そのため、自分たち魔王国からの留学生が偏見の目で見られる可能性もあると考えていたのだ。
もちろん学院長や副学院長をはじめ、ここにいる教師たちは三人が魔王国から来た留学生であることを知っている。
つまり――魔族であることも。
だが少なくともエリオスの態度からは、そうした隔たりは微塵も感じられなかった。
種族ではなく、一人の生徒として接してくれている。
それが分かっただけでも、ライトにとっては十分に嬉しいことだった。
(……どうやら要らない心配だったみたいだな)
そんなことを思った矢先――
ヒメルの手をかざした水晶玉が、淡い緑色の光を放ち始めた。
数秒後。
水晶が淡い緑色に輝いた。
「おぉ」
エリオスが頷く。
「風属性ですね」
「風ー!」
「ちなみに私も同じです」
「ご主人様!私、風だって!」
「お、おぉ!良かったな!」
何が良いのか分からない。
だが本人が嬉しそうなので良いのだ。
次に前へ出たのはハクだった。
水晶へ手をかざす。
すると今度は黄色い光が広がる。
「雷属性ですね」
「おぉ!」
「風との相性も良いですよ」
「ライト、俺、雷」
「強そうだな……」
実際強そうだった。
名前からして強そうだった。
完全に当たり属性である。
多分。
そして最後。
全員の視線がライトへ向けられる。
「ではライトさん」
「は、はい」
ライトは静かに前へ出た。
自分の属性は知っている。
光。
そして闇。
本来なら決して相容れないはずの二つの属性。
それをここで明かして問題ないのだろうか。
そんな不安を抱きながら、ゆっくりと水晶へ手を伸ばす。
触れた瞬間――
水晶が震えた。
次の瞬間。
純白の輝きと漆黒の闇が同時に溢れ出し、水晶内部で渦を巻く。
まるで光と闇そのものが互いを喰らい合うかのように。
その光景を見た瞬間。
先ほどまで騒がしかったルミナスの笑顔が消えた。
エリオスも目を見開く。
教師たちの表情が凍り付く。
広間に沈黙が落ちた。
そして――
「…………え?」
誰かが。
信じられないものを見るように呟いた。




