第63話 セレスティナ帝国学院
急遽、ジューダス帝国が誇る最高学府――セレスティナ帝国学院への入学が決まったライトだったが。
当の本人はというと――
皇城の自室で頭を抱えていた。
「うーん……急に学院へ通えと言われてもなぁ……」
ベッドの上で胡坐をかきながら盛大に唸る。
ディオルグ皇帝とフィオレリア皇女の厚意によって実現した留学の話だ。
本来なら断る理由などない。
むしろ、ありがたい申し出である。
だが問題は別にあった。
学生生活。
その言葉がライトの脳裏に重くのしかかっていた。
前世を含めれば最後に学校へ通ったのは三十年以上前。
魔王国へ転生してからは十年以上、城の外へ出ることすら許されず、接する相手といえばアローラを始めとする魔族たちばかりだった。
同年代の友人など一人もいない。
ハクはずっと狼だったし、ヒメルと出会ったのもつい最近である。
そして何より――
ライトは昔から少し人見知りだった。
「いや……普通に考えて無理じゃないか? 同年代の子供たちに混ざるんだぞ……?」
要するに。
魔王代行ライト・グランフェル。
今さら学生になることにビビっていた。
完全にビビっていた。
「でもなぁ……」
ちらりと視線を向ける。
そこには仲良く首を傾げるハクとヒメル。
「『???』」
息ぴったりである。
種族も違う。
出会ってからの期間も長くない。
それなのに、まるで本当の姉弟のようだった。
思わず口元が緩む。
「ハク、ヒメル。学校に行ってみたいか?」
「学校~?」
「学校、何かわからない」
「学校っていうのはな――」
ライトは少し考えながら答える。
「同じくらいの年のお友達がいて、色々なことを教えてくれる場所かな」
すると。
ヒメルとハクの目がぱっと輝いた。
「私、お友達ほしい~!」
「俺も行く」
ヒメルとハクは即答する。
その様子を見てライトは小さく笑った。
「そっか」
友達。
自分にはほとんど縁のなかった言葉だ。
けれど二人には作ってほしいと思う。
「……仕方ない」
大きく息を吐く。
「二人のためだ。俺も通うか」
もちろん本音を言えば、
『一人で放り込まれるより三人一緒の方が安心だから』
である。
だがそこは黙っておく。
保護者としての威厳は大事だ。
多分。
⸻
その日のうちにフィオレリアへ入学の意思を伝えたライトたちは、急ピッチで準備を進めることになった。
もっとも。
フィオレリアが事前に色々と手配してくれていたため、必要な手続きは驚くほどスムーズだった。
ただし。
書類仕事だけは別である。
「うぅ……」
「文字いっぱい……」
ハクとヒメルは完全に撃沈していた。
だが自分たちで行くと決めた以上、頑張ってもらうしかない。
ライトも半泣きだったのは内緒だ。
⸻
そして週明け。
快晴。
青空の下。
ライト、ハク、ヒメルの三人は新しい制服に身を包み、一つの巨大な建物を見上げていた。
セレスティナ帝国学院。
ジューダス帝国が誇る最高峰の教育機関。
帝都ネメシアの中心に位置する、多種族共存の象徴とも呼ばれる超名門学院だ。
人族
エルフ
ダークエルフ
獣人
ドワーフ
小人族
その他にも帝国内のあらゆる種族の若者たちが集い、
魔導学
戦術学
錬金術
政治学
騎士学
様々な分野を学ぶ。
卒業生は各界で成功を収めると言われるほどの名門であり、その門をくぐれる者は極めて少ない。
白亜の学舎はまるで王城にも匹敵する威厳を放ち、初めて見た者を圧倒する。
「でっか……」
思わず漏れた本音。
前世の大学ですらここまでではなかった。
ちなみに今回の留学にあたり、ライトたちは魔王代行という身分を伏せている。
皇帝直々の配慮だ。
余計な貴族連中に目を付けられないためである。
現在の肩書きは、
『魔王国からの留学生』
ただそれだけ。
もっとも。
それでも十分目立つ気はするが。
「ライト様!」
聞き慣れた声が響いた。
校門の前。
そこにはフィオレリア皇女が立っていた。
数人の友人を連れている。
どうやら初登校の三人を迎えに来てくれたらしい。
「ようこそ、セレスティナ帝国学院へ」
優雅な所作で一礼するフィオレリア。
朝日に照らされた赤色の髪。
純白の制服。
柔らかな笑顔。
まるで絵画から抜け出してきたような美しさだった。
ライトは一瞬だけ言葉を失う。
だが何とか平静を装う。
「お出迎えありがとうございます。本日もお美しいですね」
「皇女様かわいい~」
「ぽっ……」
フィオレリアの頬がみるみる赤く染まった。
「そ、そんな……」
なぜか隣でハクまで顔を真っ赤にしている。
どうやら完全に見惚れていたらしい。
なるほど。
立派なオスである。
「と、とりあえず手続きがあるんですよね?」
「はっ……は、はい!」
慌てた様子でフィオレリアが頷く。
「私がご案内いたしますので、こちらへ」
学院内へ足を踏み入れる。
広い廊下。
高い天井。
行き交う多種族の学生たち。
まさに異世界ファンタジー学園そのものだった。
そして数分後。
一つの部屋の前でフィオレリアが立ち止まる。
「こちらになります」
「ここで手続きですか?」
「はい。書類関係は既に終わっておりますので」
そこでフィオレリアが微笑む。
「本日はクラス分けのための簡単な試験だけです」
「……試験?」
ライトの笑顔が固まった。
聞いてない。
そんな話は一切聞いてない。
冷や汗が背中を流れる。
しかし外見だけは完璧なポーカーフェイスを維持する。
中身は完全にパニックだった。
コンコン。
「失礼いたします。入学生のライト様、ハク様、ヒメル様をお連れしました」
フィオレリアが扉を叩く。
すぐに返事が返ってきた。
「どうぞ」
ガチャリ。
扉が開く。
そして――
ライトは思わず目を瞬かせた。
部屋の中に漂っていたのは、
まるで国家機密を扱う会議室のような張り詰めた空気。
ずらりと並ぶ教師陣。
鋭い視線。
重苦しい沈黙。
(いやいやいやいや)
(学院の試験だよな!?)
(なんで一流企業の最終面接みたいになってるんだ!?)
こうして。
三十年以上ぶりの学生生活は、
予想の遥か斜め上から幕を開けるのだった。




