第59話 皇帝謁見
ジューダス帝国皇城――ヴァルハイム城。
黒曜石を惜しげもなく用いた巨大な黒城は、帝国の繁栄と威光を象徴する存在だった。
鋭く天へ伸びる尖塔。
重厚な外壁。
昼でもなお黒く輝くその姿は、まるで世界そのものを見下ろす巨人のようであり、訪れる者に圧倒的な威圧感を与える。
その城の中心部。
謁見の間へとライト達は案内されていた。
広大な空間を埋め尽くす漆黒の大理石。
幾重にも並ぶ帝国貴族達。
そして最奥。
長い階段の先に設えられた玉座には、一人の壮年の男が腰掛けていた。
ジューダス帝国皇帝。
ディオルグ・フォン・ジューダス。
帝国最強の権力者である。
重苦しい空気が場を支配する。
その視線がライトへ向けられる。
普通の子供なら足が竦むだろう。
だが――
ライトは静かに一歩前へ進み出た。
胸に右手を添える。
そして。
流れるような動作で深く一礼した。
その所作に一切の淀みはない。
まるで長年王侯貴族の世界で生きてきたかのような洗練。
美しい。
ただひたすらに美しい。
それは礼儀作法というより芸術だった。
白銀の髪がさらりと揺れる。
碧眼が静かに伏せられる。
少年離れしたその姿に、思わず周囲の貴族達が息を呑んだ。
「……ほう」
ディオルグ皇帝の目が細められる。
試すような視線。
値踏みするような視線。
だが。
ライトは一切揺るがない。
「偉大なるジューダス帝国皇帝陛下にご挨拶申し上げます」
静かな声が響く。
「私は魔王国魔王代行、ライト・グランフェルと申します」
堂々としていた。
相手が皇帝であろうと。
自分は魔王国を代表してここにいる。
その誇りを決して失っていない。
ディオルグは小さく目を見開いた。
フィオレリアから話は聞いていた。
だが実際に会ってみると想像以上だった。
見た目は少年。
しかし纏う空気は歴戦の王にも劣らない。
(なるほど……)
皇帝は内心で苦笑した。
(フィオレリアがあれほど評価するわけだ)
「よくぞ参られた、ライト殿!」
ディオルグは朗らかに声を上げた。
「此度の申し出を受けてくれたこと、余も心より感謝する!」
「身に余るお言葉です」
「さらにエレオノーラ救出の件まで!帝国を代表して礼を言わせてもらおう!」
「ご無事であったと伺い安心いたしました」
ライトは穏やかに答える。
「また同盟の件ですが、現在魔王国もアストリア王国との戦いで大きな被害を受けております」
その言葉に場の空気が引き締まる。
「故に大軍を派遣することは叶いません。しかし――」
碧眼が真っ直ぐ皇帝を見る。
「出来得る限りの支援をお約束いたします」
その一言には絶対的な自信があった。
ディオルグは思わず笑みを浮かべる。
「頼もしい限りだ!」
その場の誰もが理解した。
この少年はただの使者ではない。
魔王国そのものなのだと。
そして。
一通りの挨拶を終えた後。
ライトは静かに口を開く。
「陛下、一つ確認したいことがございます」
「申してみよ」
「ルシェイン第二皇子殿下についてです」
空気が変わった。
隠れていたルシェインの肩がびくりと震える。
フィオレリアも表情を硬くする。
ライトの瞳は真剣そのものだった。
「私は個人としてではなく、魔王国の代表としてお尋ねしております」
静かな声。
だが重い。
「皇子殿下は魔王国を属国とし、魔族を盾にすると発言されました」
場が凍る。
「これは一個人への侮辱ではありません」
「我が国への侮辱です」
誰も口を挟めない。
ライトは続ける。
「故に、皇帝陛下のお考えをお聞かせ頂きたいのです」
ディオルグは深く息を吐いた。
そして静かに答える。
「余にその意思はない」
即答だった。
「断じてない」
皇帝の声が響く。
「余の息子の愚行については父として恥じ入るばかりだ」
ディオルグは玉座から立ち上がった。
貴族達がどよめく。
「皇帝である余が頭を下げることはできぬ」
その言葉にライトは黙って耳を傾ける。
「だが約束しよう」
皇帝の黄金の瞳が真っ直ぐライトを見据える。
「必ず責任は取らせる」
「そして余自身にその考えは一切ない」
沈黙。
そして。
ライトは小さく頷いた。
「承知いたしました」
その返答にディオルグは胸を撫で下ろす。
正直。
断交を宣言されてもおかしくない状況だった。
「では明日、正式に同盟調印式を執り行おう」
「承知いたしました」
「今日はゆっくり休まれるがよい」
「お心遣い感謝いたします」
再び優雅な一礼。
そしてライトは謁見の間を後にした。
その背中を見送りながら。
ディオルグは深く息を吐く。
「……寿命が縮んだぞ」
思わず本音が漏れた。
フィオレリアが苦笑する。
「あの子は本当に少年なのか?」
「私も最初はそう思いました」
「見た目は美しい少年だが……」
皇帝は苦々しく笑った。
「あれは一国を背負う王の器だ」
そして。
その表情が険しくなる。
「それに比べてルシェインは……」
空気が冷える。
「今回の件は厳しく裁かねばなるまい」
フィオレリアも静かに頷いた。
一方その頃――
客室へ通されたライトは。
ベッドへ飛び込んだ。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
盛大なため息。
「緊張したぁぁぁぁぁ!!」
「ライト凄かった!」
「ご主人様かっこよかったよ~!」
ハクとヒメルがはしゃぐ。
だがライトはベッドへ顔を埋めたまま動かない。
「無理無理無理……皇帝とか聞いてない……」
「さっき全然そんな風に見えなかったぞ?」
「演技だよ演技!」
即答だった。
「内心ずっと胃が痛かったんだからな!?」
ハクとヒメルは顔を見合わせる。
そして。
大笑いした。
そんな二人を見ながらライトも苦笑する。
明日は同盟調印式。
そして帝国軍との会談。
まだまだ忙しい日々は続く。
だが今だけは、少しだけ休もう。
そう思った瞬間。
極度の疲労が一気に押し寄せてきた。
そして、気付けばライトは深い眠りへ落ちていた。
帝国での本当の戦いが始まるのは――
まだこれからだった。




