第58話 罪の行方
ライトが拘束されている詰所の周辺は、今や異様な熱気に包まれていた。
その理由は単純だ。
普段であれば遠目に見ることすら叶わない帝国の皇族――第一皇女フィオレリアと第二皇子ルシェインが揃って姿を現したのである。
特にフィオレリアの人気は絶大だった。
その美貌はもちろんのこと、身分の隔たりなく民に接する気さくな人柄から、帝国内では知らぬ者はいないほど愛されている。
街へ出れば自然と人垣ができる。
それほどまでに慕われている存在だった。
「フィオレリア様ーっ!!」
「皇女殿下ー!!」
あちらこちらから歓声が上がる。
ちなみに歓声の大半はフィオレリアへ向けられたものだった。
一方のルシェインに向けられる声はほとんどない。
本人は気付いていないようだが、民衆からの人気には天と地ほどの差があった。
しかし当の二人は歓声どころではなかった。
知らなかったとはいえ、帝国が助力を求めた相手。
そしてその求めに応じてくれた魔王国の代表者。
その人物を拘束してしまったのである。
下手をすれば外交問題どころでは済まない。
フィオレリアの胃は先ほどから痛みっぱなしだった。
「お兄様、一つお聞きしてもよろしいでしょうか」
歩きながらフィオレリアが口を開く。
「なんだ」
「なぜライト様とクアッドボアが戦うことになったのですか?」
ルシェインの眉が僅かに動く。
「先ほど説明したであろう」
「いいえ、そこです」
フィオレリアは真っ直ぐ兄を見据えた。
「運搬中の魔物だったのでしょう?」
「ああ」
「ならば、なぜ街中に現れたのですか?」
「……」
「檻に入れていたのですよね?」
「……」
「護衛も付いていたはずです」
フィオレリアの追及は止まらない。
「それなのに、なぜライト様が魔物と戦う必要があったのでしょうか?」
ルシェインは不機嫌そうに顔をしかめた。
「そんなこと知るか!」
「知らないでは済みません!」
周囲の民衆が思わず振り返る。
フィオレリアがここまで強い口調になるのは珍しかった。
「私はライト様が理由もなく魔物を斬るようなお方だとは思えません」
「なぜそこまで魔族を庇う!」
「庇っているのではありません!」
フィオレリアは即座に否定した。
「事実を確認したいだけです」
しかしルシェインは聞く耳を持たない。
「ふん……どうせ魔族など皆同じだ」
フィオレリアの表情が凍った。
「お兄様……」
「見た目が人族だから騙されるのだ。中身は所詮魔族だろう」
「そのような言い方は――」
「野蛮で薄汚い連中に違いない!」
フィオレリアは思わず拳を握り締めた。
魔王国で出会った人々の顔が脳裏をよぎる。
アローラ。
ベイル。
ホイズ。
シュプール。
皆、自分達を助けてくれた。
命懸けで。
そんな人達を侮辱されるのは耐え難かった。
だがルシェインは止まらない。
「いっそ魔王代行を人質にしてしまえばいい」
「……っ!」
「そうすれば魔王国も従うだろう」
フィオレリアの顔色が変わる。
「お兄様!」
「魔族共を前線に出して盾にすれば帝国兵の被害も減る!」
「やめてください!!」
「何が悪い!合理的ではないか――」
その瞬間だった。
ドゴォォォォォォォォンッ!!!
凄まじい轟音が響き渡る。
詰所の壁が内側から爆発したかのように吹き飛び、石片が周囲へ降り注いだ。
悲鳴が上がる。
誰もが音のした方向を見る。
そして土煙の向こうから、一人の少年が姿を現した。
白銀の髪。
碧い瞳。
黒を基調とした長衣。
その瞳には怒りが宿っていた。
「……全部聞こえてるぞ」
低い声だった。
だが、その場の空気を凍らせるには十分だった。
「誰を人質にするって?」
ライトだった。
「お、お前……!」
ルシェインが一歩後退る。
本能が危険を告げていた。
だがプライドがそれを認めない。
「衛兵!捕えろ!」
しかし誰も動かない。
いや、動けなかった。
衛兵達は既に全員地面へ転がされていた。
その傍らには白人狼の少年ハクと、翼を持つ少女ヒメルが無言で立っている。
「ライト様!」
フィオレリアが叫ぶ。
だがライトは止まらない。
一歩。
また一歩。
ルシェインへ歩み寄る。
「野蛮?」
さらに一歩。
「薄汚い?」
また一歩。
「俺の家族を?」
怒気が滲む。
周囲の空気が震える。
「そう言ったのか?」
「ひっ――」
ルシェインが息を呑んだ。
次の瞬間。
ライトの姿が消える。
ドンッ!!
轟音と共にルシェインの身体が壁へ叩きつけられた。
「がっ……!」
首元を掴まれたまま宙吊りになるルシェイン。
「撤回しろ」
ライトが言う。
静かな声だった。
だからこそ恐ろしい。
「俺は別に何を言われてもいい」
碧眼が鋭く光る。
「だが父ちゃんを」
「仲間達を」
「家族を侮辱することだけは許さない」
その言葉だけは絶対に譲れなかった。
――そして。
ここから一人の女性が勇気を振り絞って前へ出る。
「あ、あの……」
それは先ほど助けられた母親だった。
「私はこの方に助けていただきました!」
その声を皮切りに、
「俺も見た!」
「私もです!」
「魔物が暴れていたんだ!」
「この子が助けたんだ!」
「皇子殿下の檻が壊れていたぞ!」
次々と声が上がる。
一人。
二人。
三人。
やがて十人を超え。
最後には周囲の民衆全体が証言を始めていた。
誰もが見ていたのだ。
誰もが知っていたのだ。
ライトは人を助けた。
それだけだったと。
ルシェインだけが孤立していく。
フィオレリアはその光景を見ながら静かに微笑んだ。
魔族だからではない。
人族だからでもない。
正しい行いをした者を、人々はちゃんと見ている。
それが何より嬉しかった。
そしてライトは初めて――
ジューダス帝国の民衆から認められたのだった。
『お兄さま、これは少し検証が必要ではありませんか?』
『くっ…!好きにしろっ!私は帰る!』
分が悪いと、逃げるように早々とその場を立ち去るルシェイン皇子。
『ライト様…この度は誠に申し訳ございませんでした…』
『いえ、分かってもらえたなら良かったです。あのクズは許せませんが、フィオレリア殿下に謝って頂くのも違うと思いますし、どうか頭を上げてください』
『いえ、兄がした事とは言え、国を代表する一族の者として謝罪させてください…』
『まぁまぁ、結果的にフィオレリア殿下ともお会いする事が出来たので良かったといえば良かったですから…』
『ー??』
『じ、実は貴国に着いたまでは良かったんですが、肝心のお城までの道が分からず迷っていたんですよ…ははは』
『ふ、ふふふ…そうでしたか、では一緒に皇城へ参りましょうか…父もお待ちしておりますので』
『はい…お世話になります』
こうして、紆余曲折ありながらも何とかフィオレリア皇女に会い、皇城へと向かう事が出来たライトだった。




