第57話 捕らわれの身
国家反逆罪。
そんな大層な罪状を突き付けられたライトは、ジューダス帝国皇子ルシェインの命令によって衛兵詰所へと連行されていた。
現在は詰所の奥に設置された小さな牢へ収容されている。
おそらく今後は取り調べを受け、その後に裁判。
そんな流れになるのだろう。
――もっとも
「別に焦る必要ないんだよなぁ……」
ライトは牢の壁に背を預けながら呟いた。
ハクとヒメルは詰所の外で待機中。
新型インカムを通じて状況報告も受けている。
問題は――
『ライト! もう襲撃していい!?』
『ご主人様! あの建物壊していい!?』
という物騒な発言が定期的に飛んでくることくらいだ。
「ダメだ」
『えー』
『ぶー』
「待て」
『『……』』
不満そうではあるが黙る。
よし。
ちゃんと躾は成功しているらしい。
俺が『良し』と言うまでは我慢できるようだ。
たぶん。
できれば試したくはないが。
最悪の場合。
牢を破壊して脱出し、そのまま魔王国へ帰還することも可能だ。
だからこそ焦る理由はない。
むしろ問題なのは――
「困るのは向こうだよな」
ライトはニヤリと笑った。
自分はジューダス帝国皇帝から正式な要請を受けて来訪した客人だ。
しかも魔王国の魔王代行。
そんな人物を国家反逆罪で逮捕した。
原因は皇子の暴走。
さて。
この件が皇帝の耳に入ったらどうなるのだろうか。
「ちょっと楽しみだな……」
絶対怒られる。
しかも物凄く。
あの皇子の様子を見る限り、普段から権力を振りかざして好き放題しているタイプだ。
少しくらい痛い目を見た方が世のため人のためである。
そんなことを考えながら、ライトは腕に装着している銀製のブレスレットへ視線を落とした。
ブレスレット型アイテムボックス。
勇者フランジュが使っていた異次元収納を参考に開発した魔道具だ。
小さな異空間へ物品を保管できる優れもの。
勇者適性を持つ者しか扱えないという欠点はあるが、それでも画期的な発明だった。
もちろんデザインは妥協していない。
ピアス型のインカム、ペンダント型発信機同様に、シルバーアクセ好きだった前世の知識を総動員した自信作である。
シュプールには、
『また面倒なデザイン持ってきましたね~』
と嫌な顔をされたが。
そこは譲れない。
絶対に譲れない。
オシャレは大事だ。
ライトはアイテムボックスから親書を取り出した。
皇帝の署名入り。
当然、本物である。
「すいませーん!」
鉄格子へ近付き、親書をひらひら振る。
「フィオレリア皇女殿下を呼んで欲しいんですけどー!」
すると机に座っていた衛兵が面倒そうに顔を上げた。
「あぁ?」
「この手紙見れば分かると思うんですけど」
「何言ってんだお前」
衛兵は鼻で笑った。
「なんで罪人のお前が皇女様呼べるんだよ」
「いや、だから――」
「だいたい皇女様がこんな詰所来るわけねぇだろ」
話が進まない。
ライトは親書をさらに掲げる。
「これ帝国の紋章入ってますよ?」
「偽物だろ」
「皇帝陛下の署名もあります」
「偽物だろ」
「見てもないですよね?」
「偽物だからな」
駄目だ。
完全に駄目だ。
確認する気すらない。
「ちなみにこれ本物だった場合、大変なことになりますよ?」
「あ?」
「職失う程度じゃ済まないと思いますけど」
「はっはっは!」
衛兵は腹を抱えて笑った。
「詐欺師はみんなそう言うんだよ!」
「いや詐欺じゃ――」
「お前もまだガキなんだから真面目に生きろ!」
「話を聞いてください」
「国家反逆罪なら大人になる前に死刑だけどな!」
ガハハハハ!
と豪快に笑う衛兵。
ライトは無言で天井を見上げた。
駄目だこりゃ。
前世でニュースになっていた炎上案件を思い出す。
現場が勝手な判断をして会社ごと吹き飛ぶやつだ。
無能な味方は有能な敵より恐ろしい。
ナポレオンさんもそう言っていた。
たぶん今なら深く共感できる。
一方その頃――
ジューダス帝国皇城。
「父上! 只今戻りました!」
謁見の間ではルシェイン皇子が帰還報告を行っていた。
玉座には皇帝。
その傍らにはフィオレリアの姿もある。
「うむ! 無事で何よりだ!」
皇帝は満足そうに頷く。
「して、魔物狩りの成果は?」
「はい! クアッドボアを生け捕りにいたしました!」
「ほう!」
皇帝の目が輝いた。
「あの暴れ猪を生け捕りとは見事だ!」
「しかし父上……」
ルシェインの表情が曇る。
「皇城へ運搬中、怪しい子供に殺されてしまいました」
「……何?」
「私はその者を捕縛しております! どうか即刻処刑の許可を!」
皇帝の眉が動いた。
「待て」
低い声。
「子供がクアッドボアを殺した?」
「はい」
「弱っていたのか?」
「いえ」
「無傷で捕獲しております」
皇帝は沈黙した。
おかしい。
どう考えてもおかしい。
クアッドボアは熟練騎士でも苦戦する魔物だ。
子供が倒せる相手ではない。
その時だった。
「お兄様」
フィオレリアが静かに口を開く。
胸騒ぎがしていた。
嫌な予感が止まらない。
「その方の特徴を教えてください」
「関係ないだろう」
「大事なことです」
フィオレリアの声が強くなる。
「銀髪で碧眼ではありませんでしたか?」
その瞬間。
皇帝が立ち上がった。
「まさか――」
フィオレリアの顔が青ざめる。
「魔王代行殿……」
「ルシェイン!!」
皇帝の怒号が響いた。
「その子供は銀髪碧眼だったのか!?」
「そ、その……」
ルシェインの顔色がみるみる白くなる。
「だった……ような……」
次の瞬間。
ドゴォン!!
玉座の肘掛けが砕け散った。
「この大馬鹿者がぁぁぁぁぁ!!」
謁見の間が震えた。
「貴様は魔王国を敵に回す気か!!」
「ひっ!」
「今はアストリアとの戦争中だぞ!!」
「も、申し訳――」
「謝る相手が違う!!」
皇帝の怒声にルシェインは床へ這いつくばった。
完全に涙目である。
「お兄様!」
フィオレリアも声を上げる。
「まず謝罪すべき相手はライト様です!」
「フィ、フィオレリア……」
「今すぐ詰所へ向かいます!」
フィオレリアは踵を返した。
「案内してください!」
「は、はいぃぃぃ!」
こうして。
顔面蒼白のルシェイン皇子を引きずるようにして――
フィオレリア皇女は大急ぎでライトの元へ向かうのだった。




