第54話 魔王国を訪ねた理由
自身のステータス確認を終えたライトは、仲間たちが待つ救護班の建物へと戻った。
中では相変わらず開発局の面々が慌ただしく動き回っている。
しかし先ほどと違い、二体の特殊個体の傍には担架に寝かされた二人の人影があった。
一人は痩せ細った魔王ガルス。
そしてもう一人は見覚えのない女性。
どうやら媒体との切り離しには成功したらしい。
「ライト様~!」
真っ先に気付いたシュプールが手を振る。
「ただ今作業が完了しましたよ~!元気な男の子と女の子で~す♪」
「いや、出産報告みたいに言うな」
ライトは思わず顔を引き攣らせた。
だが、その冗談のおかげで少し肩の力が抜ける。
ガルスは生きている。
それだけで十分だった。
その時だった。
ドタドタドタッ!
廊下の奥から激しい足音が響く。
そして――
「エレオノーラ!!」
勢いよく扉が開いた。
飛び込んできたのは黒髪の青年騎士。
続いて赤髪の少女。
そして紫髪の騎士。
三人は一直線に女性の元へ駆け寄る。
黒髪の騎士は担架の傍に膝をつくと、眠る女性を抱き締めた。
「よかった……本当に……」
その瞳から涙が零れる。
大切な存在なのだろう。
その様子を見ながらライトは首を傾げた。
(人族……?)
なぜ人族が魔王国にいるのか。
周囲の魔族たちも特に警戒していない。
どういう状況なのだろう。
そんな疑問を抱くライトをよそに、赤髪の少女がシュプールへ詰め寄る。
「師匠は!エレオノーラ殿は無事なのですか!?」
「あ~その方でしたら命に別状はありませんよ~」
「本当ですか!?」
「ただ生命力をかなり吸われてましてね~。今は深い眠りについている状態で~す」
「そ、そうですか……」
少女は安堵の息を吐く。
ライトも少し安心した。
そして視線をガルスへ向ける。
担架の上で静かに眠る父。
痩せ細った身体。
苦しめられた痕跡。
それを見た瞬間、再び王国への怒りが胸の奥で燻った。
だが――
生きている。
それだけで十分だった。
「父ちゃん……」
思わず零れた言葉。
その時。
「ライト様……」
振り返るとアローラが立っていた。
目の下には濃い隈。
今にも倒れそうな顔色。
それでも彼女は必死に立っていた。
「アローラ」
「良かった……本当に……」
アローラはその場に崩れるように膝をついた。
張り詰めていた糸が切れたのだろう。
ライトはそんな彼女の肩を優しく支える。
「父ちゃんは無事だよ」
その一言でアローラは静かに涙を流した。
ようやく。
本当にようやく。
戦いが終わったのだ。
――そして。
一段落したところで、ライトは前から気になっていた疑問を口にした。
「あの……失礼ですが、皆さんは?」
その言葉に三人が振り返る。
一瞬きょとんとした後、慌てて姿勢を正した。
「失礼いたしました!私はジューダス帝国皇女親衛騎士団団長シグルドと申します!」
「ジューダス帝国第一皇女フィオレリア・フォン・ジューダスです」
「副団長ハインツです」
「皇女様!?」
思わず声が裏返るライト。
まさか皇族がいるとは思わなかった。
するとフィオレリアが静かに口を開いた。
「ライト様。私たちは助けを求めてここへ参りました」
「助けを?」
「はい」
そうして語られたのはジューダス帝国の現状だった。
アストリア王国による侵略。
多種族国家である帝国への弾圧。
人族至上主義を掲げるエルクス聖教。
そしてゴーレム投入による戦況悪化。
話を聞き終えたライトは静かに息を吐いた。
「なるほど……」
想像以上に状況は深刻だった。
フィオレリアは拳を握る。
「どうか……私たちに力をお貸しください」
その姿は皇女ではなく、一人の少女だった。
国を救いたい。
民を守りたい。
そんな必死な願いが伝わってくる。
ライトは少しだけ考える。
そして静かに口を開いた。
『話は分かりました。力をお貸しましょう』
『本当ですか!?お力を貸していただけるのですか!?』
フィオレリアの瞳に光が戻る。
先ほどまで絶望に沈んでいた少女とは思えないほどだった。
その姿を見ながらライトは小さく苦笑する。
『ええ。助けを求めて来た人を見捨てたら、父に怒られますからね』
そう言って眠るガルスへ視線を向ける。
担架の上で眠る魔王。
その姿は弱々しい。
だが――
この男は何度も王国の侵攻から魔王国を守ってきた。
そして今もまた、多くの者に慕われている。
そんな父親を誇りに思う。
だからこそ。
その息子として恥ずかしい真似はできない。
『ライト様……』
フィオレリアが呟く。
するとライトは静かに首を横へ振った。
『ただし、一つだけ訂正させてください』
『……?』
『助けるのは魔王国じゃありません』
部屋の空気が変わる。
シグルドもハインツも思わず息を呑んだ。
ライトは真っ直ぐフィオレリアを見つめる。
『助けるのは俺です』
静寂。
誰も言葉を発せない。
『現在の魔王軍は満身創痍です』
ライトは淡々と続ける。
『ガルス陛下はこの状態。幹部たちも重傷。軍の再編にも時間が必要です』
それは紛れもない事実だった。
『だから軍は動かせません』
フィオレリアの表情が曇る。
だが次の言葉で再び固まった。
『なので俺一人で行きます』
『――え?』
『俺一人で十分でしょう?』
あまりにも自然に言う。
まるで近所へ買い物に行くかのような口調だった。
だが。
その場にいた全員が知っている。
つい先ほど。
たった一人で王国軍司令部を消し飛ばした存在が誰なのかを。
『……』
フィオレリアは言葉を失う。
シグルドも。
ハインツも。
何も言えなかった。
戦場で見た。
黒き特殊個体を圧倒した剣。
天を埋め尽くす無数の光と闇の剣。
そして。
王国軍そのものを消滅させた圧倒的な力。
一国の軍隊に匹敵する戦力。
いや――
それ以上。
『ライト様だけで……』
『足りませんか?』
『い、いえ!』
フィオレリアは慌てて首を振る。
足りないなど思うはずがない。
むしろ過剰戦力だ。
『それに』
ライトは少し考え込む。
『気が向いたらデッカーさんも来るかもしれません』
『魔竜王が!?』
三人が同時に叫んだ。
ライトは首を傾げる。
『多分ですけど』
『多分で済ませる存在ではありません!!』
シグルドが思わずツッコんだ。
その瞬間。
張り詰めていた空気が少しだけ和らぐ。
フィオレリアも思わず吹き出した。
『ふふっ……』
『?』
『いえ……なんだか安心しました』
少女は微笑む。
久しぶりに見せた年相応の笑顔だった。
『私達は幸運でした』
そう言って頭を下げる。
『ライト様。どうか帝国をお救いください』
皇女としてではない。
一人の少女としての願い。
ライトはその言葉を静かに受け止める。
そして。
ゆっくりと頷いた。
『分かりました』
その瞬間。
フィオレリアの表情から絶望が消えた。
代わりに宿ったのは希望。
なぜなら目の前にいるのは――
王国軍を壊滅させ、魔王を救い出し光と闇を従える存在。
新たなる魔王。
聖魔王ライトなのだから。




