第51話 魔王VS聖魔王
死を覚悟した四人を救ったのは――
修行を終え、戦場へと帰還したライトだった。
魔竜王デッカーの背に立つその姿を見た瞬間、ベイルたちは目を見開く。
「ライト様……」
「助かっただーよ……」
「クゥ~ン……」
「ご主人様……」
満身創痍の仲間たちが声を絞り出す。
誰もが限界だった。
ベイルの鎧は溶け落ち、ハクの純白の毛並みは焼け焦げ、ヒメルの翼も無残に傷ついている。
そんな彼らを見たライトの瞳が静かに揺れた。
「デッカーさん」
ライトは振り返る。
「みんなを安全な場所まで運んでください」
「……お前はどうする?」
「俺がやります」
即答だった。
迷いはない。
「みんなをこんな目に遭わせたんです」
ライトは黒い特殊個体を見据える。
「俺、今すごく怒ってるんで」
デッカーが鼻で笑った。
「フッ……そうか」
もはや心配する必要などない。
魔竜王は理解していた。
目の前の少年は、もはや守られる側ではない。
「せっかくの獲物だ。譲ってやる」
巨大な翼が広がる。
「派手にぶちのめしてこい」
「はい」
ライトは笑った。
だがその笑顔は冷たかった。
「ぶん殴って正気に戻したら、今度遊びに連れて行きますよ」
その言葉にフッと鼻で笑い、デッカーは傷ついた仲間たちを抱え飛び去る。
そして。
戦場にはライトと黒い特殊個体だけが残された。
――魔王ガルス。
その可能性を、ライトはもう否定できなかった。
アビスフレア。
そして目の前の存在から感じる魔力。
全てが一つの答えへ繋がっている。
最悪の答えへ。
「……父ちゃん」
小さく呟く。
胸の奥が焼けるように痛かった。
生きていてほしいと願った。
助けられると思っていた。
だが現実はどうだ。
父は兵器にされていた。
人としての尊厳を踏みにじられ。
仲間を焼き殺す道具として利用されていた。
「絶対に……許さない」
ライトは愛刀・漆輝に手を添える。
居合の構え。
それだけで周囲の空気が張り詰めた。
一方、黒い特殊個体も無数の魔法陣を展開する。
次々と生み出される炎の渦。
空を埋め尽くす殺意。
だが。
ライトは動かない。
静かに目を閉じる。
怒りを捨てる。
感情を捨てる。
全てを斬るために。
そして。
ゆっくりと目を開いた。
「白夜黒閃」
瞬間。
世界が白と黒の閃光に裂かれた。
ドォォォォン――!!
無数の炎が切り裂かれ魔法が消し飛ぶ。
音すら置き去りにして、ライトは特殊個体の背後へ到達していた。
「遅い」
黒い装甲に一筋の斬線が走る。
次の瞬間。
バチバチバチッ!!
火花を散らしながら巨大な裂傷が開いた。
しかし、特殊個体は後退することなく炎剣を生成する。
同時に無数のドラゴンフレイム。
炎龍の群れが空を埋め尽くした。
ライトは空中を舞う。
炎を躱す。
斬る。
潜る。
まるで風だった。
炎龍たちは大地へ着弾し、山を削り、大地を焼き尽くしていく。
その光景にライトは背筋を冷やした。
もし仲間たちが残っていたら誰一人生き残れなかった。
だからこそ。
もう迷わない。
「終わらせる」
ライトは漆輝を正眼に構えた。
すると。
背後に無数の剣が現れる。
光
闇
数え切れないほどの剣。
それらは巨大な円環となって空を覆った。
「双極剣嵐」
放たれた数千数万の刃。
光と闇の剣が嵐となって特殊個体へ殺到する。
魔力障壁が砕ける。
腕が飛ぶ。
脚が砕ける。
火花が散る。
抵抗する暇すらない。
そして。
全てが終わった時。
特殊個体に残っていたのは胴体だけだった。
ズドォォォォン!!
地響きと共に地へ墜ちる胴体。
かつて魔王と呼ばれた存在は、無惨な残骸となって横たわった。
ライトは駆け出した。
「父ちゃん!!」
露出したゴーレムの中の人影。
間違いない。
その姿は魔王ガルスだった。
いつも豪快に笑っていた父。
誰よりも強くて優しかった父。
その姿が、兵器として閉じ込められていた。
ライトの中で何かが切れた。
プツリ、と理性の糸が。
「……許さない」
ドクン――
心臓が脈打つ。
それに呼応するように、光と闇の魔力が一気に溢れ出した。
純白の輝き。
漆黒の奔流。
相反する二つの力は激しくぶつかり合うことなく、まるで初めから一つであったかのように静かに溶け合っていく。
その瞬間――
さらり、と。
風に揺れる銀髪へ、漆黒が滲んだ。
一本。
また一本と。
夜が朝焼けの空を染めるように、眩い銀の中へ漆黒が溶け込み、やがて前髪から襟足へと細く走る黒い筋となって現れる。
それは汚れでも、染色でもない。
光を宿す銀髪の中に刻まれた、闇そのものの証。
神々しい銀と、底知れぬ黒。
決して交わるはずのない二色は、不思議なほど美しく調和し、見る者すべてに言いようのない畏怖を抱かせた。
そして。
純白の翼が二枚。
漆黒の翼が二枚。
光と闇、それぞれ二枚ずつ。
四枚の翼が静かに背中から広がる。
光の翼。
闇の翼。
聖と魔を統べる王の証。
――聖魔王。
その誕生を告げるように、戦場全体が震えた。
「父ちゃん」
ライトは静かに言う。
「少しだけ待ってて」
そして空を見上げた。
視線の先には王国軍司令部。
怒りは消えていた。
残ったのは決意だけ。
「かわいそうだけど」
翼が広がる。
「誰一人逃がさない」
消える。
そう錯覚するほどの速度だった。
次の瞬間。
ライトは王国軍司令部上空に立っていた。
眼下には数千の敵兵。
司令部。
将軍。
参謀。
全て。
王国軍司令部
ロイズは勝利を確信していた。
しかし、急に空が暗くなる。
「……なんだ?」
誰かが呟く。
見上げたそこには、空を埋め尽くすほどの光と闇の剣が浮かんでいた。
数百。
数千。
いや。
万を超えている。
「な……」
言葉は最後まで続かなかった。
上空のライトはただ一言だけ告げた。
「双極剣嵐」
世界が剣に埋め尽くされた。
光の剣。
闇の剣。
数万の刃。
それはまるで神罰だった。
ズドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドッ――!!
悲鳴はない。
叫びもない。
理解する暇すらなかった。
兵士たちは貫かれ。
司令部は粉砕され。
将軍ロイズも参謀ヴェクターも。
存在そのものが消え去った。
やがて剣の雨が止む。
そこには何も残っていなかった。
王国軍司令部があった痕跡すら。
ライトは無言で踵を返す。
帰る場所は一つ。
父の元だった。




