第50話 牙をむく魔王
燃え盛る漆黒の業火...
辺りは一面、地獄と化していた。
そこら中から聞こえる呻き声、一瞬で奪われた多くの魔族達の命。
そしてそこに、黒き業火よって焼かれ今にもその命が尽きよとしている魔王軍兵士がいた...
『う、うぅ....』
その兵士の瞳に映り込む一機の特殊個体
その特殊個体は闇夜にも似た真黒の体をもち、魔族の皆がよく知る魔法を放っていた。
アビスフレア
その魔法は、魔王の固有魔法...
なぜ...答えに辿り着く事なく兵士は事切れるのだった。
ー魔王軍陣営ー
『アローラ様!前線にてアビスフレアらしき魔法が確認されました!』
斥候隊員からもたらされる衝撃的な報告。
『ー!!...なんですって!アビスフレアが...魔王様が戻ってこられたんだわ?すぐにお迎えにあがらなければ!』
その報告に、魔王ガルスが戻って来た!そう思ったアローラは、すぐに前線へと向かおうとする...しかし斥候隊員が続けた報告は予想もしていなかった内容であった。
『それが、アビスフレアと思われる魔法は...その...王国軍側から我らに向かって放たれました...』
『え...?』
『結果、我ら魔王軍前線の被害は甚大...多くの兵が燃やし尽くされました...』
『なんで...魔王様が私たちに向かってアビスフレアを放つ訳ないじゃない!何を...何を言ってるのよ!嘘を言わないで!』
受け入れ難い報告に取り乱すアローラ。
しかし現実は残酷だ...前線はアビスフレアにより崩壊し、王国軍の残存戦力と共に黒い特殊個体は、こちらに向かって近づいてきていた。
『アローラ様!私の報告に嘘偽りはございません!早く前線にお出になり指揮を!…でなければ我々はこのまま負けてしまいます!』
『そんなことあるはずない...そんなこと...』
斥候隊員の必死な訴えにも、尚も錯乱するアローラ...そんな時だった…
『オラが行ってくるだーよ』
斥候隊員の後ろから、ちょっとおつかいに行ってくるとでも言っているかのような声が聞こえてきた…
斥候隊員が振り向くと、そこにはエレオノーラを救護班の元へと届け終わったホイズの姿があった。
『ホイズ様...』
ホイズは斥候隊員の前で蹲るアローラに目を向けるが、アローラはホイズには目もくれず蹲って震えながら何やらぶつぶつと呟いている。
『あそこにはオラが行くだーよ...アローラは少し疲れてるみたいだから、休ませてあげて欲しいだーよ』
そんなアローラを気遣い、前線には自分が出ると斥候隊員に告げるホイズ。
『はい...承知致しました…前線には私がご案内致します』
『アローラ...じゃあ、いってくるだーよ』
ホイズは蹲るアローラの肩に手を置き、声を掛けた。
返事は帰ってこない…しかしそのまま動き出すホイズ...そのホイズの瞳には覚悟が宿っていた。
その頃前線では、既にベイルとハク、そしてヒメルが黒い特殊個体との戦闘を開始していた。
特殊個体の周りに浮かぶ夥しい数の魔法陣...
その一つ一つから放たれる最上級魔法の数々。
最早、戦いについて来られない兵士たちは退避させた。
でなければ兵士達を無駄死にさせてしまうとベイルが判断したからだ。
そして、その退避した兵士達の分の働きを担っていたのはハクだった。
ハクは一人で、邪魔な兵士型ゴーレムと敵兵を引きつけ、その素早い動きで敵の攻撃を躱し、鋭い爪で次々と敵を屠っていた。
その動きはホワイトウルフだった時とは段違いの速さだ。
四方八方から放たれる敵の攻撃を掠らせもせず、アクロバティックな動きで全て完璧に躱している。
しかも躱すだけではなく、その素早い動きの中、的確に敵の急所を一撃で貫いていく…その姿はもはや森の狩人、白狼達の王そのものだった。
そして、ハクが邪魔者を抑えている間に黒い特殊個体と相対しているのはベイルとヒメルだ。
上空から無限に降り注ぐ魔法を何とか躱しながら、地を蹴って空中にいる特殊個体の元へと飛翔するベイル...既に右手の魔剣スレイブは深淵断罪によりオーラブレードへと姿を変えている。
更にその特殊個体の遥か上空からは、ヒメルが既に竜星堕を繰り出す為の態勢に入っており、ベイルと上下からの連携攻撃をとる形を整えていた。
そして二人は息を合わせ、同時に奥義を発動させる!
ブオォォォンッ!バシュッ!!
ヒュオオオオオォォォ……ッ!ズバァァァッ!!
次の瞬間、互いの奥義が炸裂し黒い特殊個体に上下から直撃する...
いや、直撃はしたが黒い特殊個体は自身の周りに球体の魔力障壁を作り出し、二人の攻撃を完璧に防いでいた...
『クッ...!破れぬか!』
『あれ〜?倒したと思ったのにな〜』
戦いながら、ベイルはある結論を見出していた。
この黒い特殊個体は魔王ガルスであると...
理由は複数あった。
先ずはこの特殊個体が魔王しか使えぬ魔法、アビスフレアを放っていた事...現存するアビスフレアの使い手は魔王ガルスの他には先代魔王のレイドもいるが、レイドは魔竜の洞窟にいた事から対象にはなり得ない。
だとしたら魔王ガルス以外にはいない...
そして、他の理由とは先ほど見たジューダス帝国のエレオノーラだ...
共に戦っていた帝国騎士の仲間であるエレオノーラが特殊個体の中から発見された。
恐らく、特殊個体は何らかの方法で個人の意志や意識を奪い、操り人形として戦わせる為の器なのではないか...そんな風にベイルは考えたのだ。
そこから導き出される答えは、王国に捕らえられた魔王ガルスが特殊個体として意識を奪われた上で利用され、今自分達と戦っている...というものだった。
しかし、黒い特殊個体の正体が魔王ガルスだと分かっても、手を抜いて戦える相手ではない…ましてや無力化して捕える事など出来るのか…ベイルは降り注ぐ魔法を躱しながら思考を巡らせる。
そうしている内に黒い特殊個体は、自身の前に幾層もの魔法陣を展開する…アビスフレアの予備動作だ。
『まずい!ハク!ヒメル!アビスフレアがくるっ!退避しろぉぉっ!』
そのベイルの叫びと同時に魔法陣から放たれる漆黒の業火…
ズガァァン!!ドゴォォ!!
その黒き炎は味方の存在など関係ないとばかりに、地上にいる王国兵や兵士型ゴーレムもろともベイルとハクを呑み込む…
『ベイルさん!ハク~!』
繰り返される地上の地獄…響き渡るヒメルの悲鳴にも似た叫び。
その刹那、ゆらゆらと揺らめく黒き炎の中、2つの人影が立ち上がる…そして命からがら炎の中から身を投げ出すように飛び出す2つの影…
『はぁはぁはぁ…』
『俺、熱いよ…』
黒い鎧を融解させ、ところどころがドロドロになっているベイルと、純白の毛皮を真っ黒に焦げ付かせて全身に大やけどを負ったハクだ。
二人は何とか生きてはいた…
そこに遠くから大きな叫び声が響き渡る。
『ぬがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!』
その叫び声の主は、ドシンッ!という音と衝撃を放ちながら、赤く大きな体を天高く飛翔させる。
戦場に今しがた到着したホイズだ。
『メテオスマァァァァァァッシュ!!』
ホイズは自身の身体を落下運動の始まりと共に、降り注ぐ隕石のように真っ赤に染めながら、両手を組んで眼下にいる黒い特殊個体へと振り下ろす。
ドゴォォォォォォンッ!!
直撃の瞬間、激しい衝撃が周囲を襲い、遠くに退避している味方の魔王軍兵すらも吹っ飛ばす。
まさに隕石が落ちた…そのような威力だった。
『ドラゴンフレイム…』
ゴォォォォォ…ッ!!ドバァァァァン!!
しかし、そんなホイズの技も黒い特殊個体の魔力障壁を破ることは叶わず、逆にドラゴンフレイムの竜を模したような炎にホイズとヒメルは呑み込まれる…
ドシィィィンッ!!
ドンッ!
ブスブスと煙をあげながら地面に叩きつけられる二人。
地に伏すベイルとハク、そしてホイズとヒメル…反撃の力は残されていない…
その上空では、とどめとばかりに自身の前方に幾層もの魔法陣を展開させる黒い特殊個体。
『ここまでか…』
ベイルが無念とばかりに力なく呟いた。
『アビスフレア…』
無情にも告げられる死の福音、主からもたらされる終わりの鐘の音のような言葉…
ゴォォォォォ…ッ!!
4人に死の炎が迫る…
『ディバインアビスフレイムッ!!!』
ピカッ!ゴォォォォォォォッ!!
ドゴォォォォォォォンッ!!
死を覚悟した四人の目の前でぶつかり合うディバインアビスフレイムとアビスフレア
そして暫くの拮抗の後、アビスフレアを相殺しながらも威力が衰えぬ白と黒の炎が黒い特殊個体を襲う!
ディバインアビスフレイムが直撃し、その場で燃え上がる特殊個体…
『あぶなかったぁ…ギリギリ間に合ったみたいだね!』
それは、修行を終えて戻ったライトの声だった。




