第48話 消えた指南役
その特殊個体が現れた瞬間――
戦場の空気が変わった。
ネイビーブルーに輝く装甲。
兵士型ゴーレムの倍近い巨躯を持ちながら、その輪郭は驚くほど細い。
無骨な兵士型とは違う。
どこか人間――いや、一人の女性を思わせる流麗なシルエットだった。
『わぁ~、なんかもっと大きいの来たね~』
『俺、あいつ倒す』
ハクとヒメルは目を輝かせる。
強敵を前にしているにも関わらず、その表情に恐れはない。
まるで新しい遊び相手を見つけた子供のようだった。
しかし――
先に動いたのは特殊個体だった。
『帝国式刺突剣術――銀針三閃』
静かな声。
次の瞬間。
空気が裂けた。
キィン――ッ!!
見えない。
誰一人として、その突きを視認できなかった。
三本の銀閃。
それはまるで光そのものが突き刺さってくるかのような速度で、ハクとヒメルの喉元へ迫る。
『――っ!?』
反応が遅れた。
避けられない。
誰もがそう思った瞬間だった。
ガギィィン!!
火花が散る。
二撃目。
三撃目。
甲高い金属音が連続して響いた。
二人の前に立ちはだかっていたのは――
ベイルだった。
漆黒の鎧。
右腕と完全に融合した魔剣スレイブ。
アビスナイトへと進化した騎士は、常人なら認識すら出来ない突きを全て弾き返していた。
『ハク、ヒメル』
低い声が響く。
『遊びすぎだ。真面目にやれ』
『はぁ~い……』
『クゥ~ン……』
二人は一瞬でしょんぼりした。
ハクなどは耳をぺたりと寝かせ、完全に叱られた子犬である。
だがベイルの視線は既に二人には向いていない。
その漆黒の瞳は、ただ目の前の特殊個体だけを見据えていた。
『こいつは我に任せろ』
特殊個体もまた、レイピアを静かに構える。
細身の剣。
対するは巨大な魔剣。
本来ならば相性は最悪。
だが――
二人は同時に踏み込んだ。
開始の合図など存在しない。
これは試合ではない。
命を奪い合う死合なのだから。
キィィィン!!
鋭い突き。
ベイルはそれを剣の腹で流す。
返す刃。
特殊個体は紙一重で回避。
再び突き。
斬撃。
火花。
衝撃。
轟音。
互いの攻撃が常人の認識速度を超え始める。
戦場中の者達が無意識に戦いの手を止めていた。
王国軍も。
魔王軍も。
ただ、その戦いに目を奪われる。
まるでこの勝負そのものが戦争の帰趨を決めるかのように。
そして――
特殊個体が技を放った。
『帝国式刺突剣術――幻光一突』
ヒュン――ッ!!
軌道が増えた。
一本のはずのレイピアが十にも二十にも分裂して見える。
幻影。
残像。
視覚そのものを欺く神速の刺突。
ベイルですら完全には捉えきれなかった。
バシュッ!!
黒い鎧に裂傷が刻まれる。
『……む』
初めてベイルの表情が動いた。
対する特殊個体は追撃へ移る。
しかし。
その瞬間だった。
『魔剣一体――』
漆黒の瘴気が魔剣へ集束する。
まるで深淵そのものを凝縮したかのような禍々しい力。
周囲の兵士達は本能的に後退した。
『カースブレイカー』
横薙ぎ。
ただそれだけ。
だが放たれた斬撃は呪詛の絶叫を伴って空間を切り裂いた。
ヌ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛――ッ!!
バギィィィィン!!
特殊個体の胴体に巨大な亀裂が走る。
さらに黒い呪いが身体へ絡み付き、その動きを鈍らせた。
互角。
いや、それ以上。
兵士型ゴーレムとは次元が違う。
その異様な強さに誰もが息を呑んだ。
だが――
この戦いを見て青ざめている者達がいた。
シグルド。
そしてハインツ。
二人の顔から血の気が引いている。
『おい……シグルド……』
ハインツの声が震える。
『あの技……』
『……ああ』
シグルドも理解していた。
理解したくなかった。
だが見間違えるはずがない。
あの剣筋を。
あの構えを。
あの技を。
『帝国式刺突剣術……』
喉が乾く。
嫌な汗が流れる。
そして彼は震える声で呟いた。
『あの技を使えるのは一人だけだ……』
『細剣術指南役――エレオノーラ』
ハインツが続ける。
その名が告げられた瞬間。
シグルドの拳が震えた。
エレオノーラ。
数か月前。
何の痕跡も残さず姿を消した帝国最強の細剣使い。
そして――
シグルドの婚約者。
『まさか……』
あり得ない。
そう思いたい。
だが目の前の特殊個体は、あまりにも彼女だった。
『確かめるぞ、シグルド』
ハインツが剣を握る。
『あれが本当にエレオノーラ殿なのか』
沈黙。
数秒。
そして――
『……ああ』
シグルドは静かに答えた。
その目には決意と恐怖が混ざっていた。
生きていてほしかった。
だが。
もし本当にあれが彼女なら――
それは最悪の形での再会になる。
二人は同時に駆け出した。
運命を確かめるために。




