第47話 主君の教え
『おい、ヴェクター! いつになったらあの忌々しい魔王軍を蹴散らし、防壁を突破できるのだ!!』
アストリア王国軍司令部。
戦況を見下ろす高台で、ロイズ将軍は苛立ちを隠そうともせず怒声を上げた。
本来であれば、既に戦いは終わっているはずだった。
兵士型ゴーレムを投入し、防衛線を粉砕し、そのまま魔王国を蹂躙する。
その筋書きは完璧だったはずなのだ。
だが現実は違う。
崩壊寸前だった魔王軍は息を吹き返し、逆に王国軍を押し返し始めていた。
ヴェクターは眼鏡の奥の瞳を細めながら答える。
『敵に予想外の増援が現れました。少々計画に狂いが生じています』
淡々とした口調。
だがその声色には僅かな焦りが滲んでいた。
『現在までに兵士型ゴーレム四機が撃破されています。念のため――例の特殊個体を投入された方がよろしいかと』
その言葉を聞いたロイズの顔に、醜悪な笑みが浮かぶ。
『ククク……そうか』
ゆっくりと立ち上がる。
『薄汚い魔物共め……素直に滅ぼされておればよいものを』
その目には残酷な愉悦が宿っていた。
『まあ良い。死ぬ前に絶望を味わわせてやるのも一興だ』
そして高らかに命じる。
『特殊個体を準備しろ!!』
『承知しました』
ヴェクターもまた笑う。
『準備が整い次第、投入致します……』
――その決断こそが
後に魔王軍を再び絶望の淵へ叩き落とすことになるのだった。
◇◇◇
一方その頃――戦場。
『うぅ~……ホワイトファング!!』
ハクの身体が白い残像となって駆け抜ける。
次の瞬間。
メキメキメキッ――!!
グシャァッ!!
兵士型ゴーレムの頭部が握り潰された。
まるで巨大な狼に噛み砕かれたかのような破壊。
シュバルツ直伝の必殺技。
白狼王牙術――《ホワイトファング》。
頭部を失ったゴーレムが崩れ落ちる。
ハクは胸を張った。
『俺、強い!』
『むーっ!』
それを見たヒメルが頬を膨らませる。
『やるねぇ~ハク!』
負けていられない。
そう言わんばかりに地面を蹴る。
ドォンッ!!
爆音と共に空へ。
一瞬で雲の近くまで到達したヒメルは、くるりと身体を反転させた。
そして。
『よ~し! いくよ~!!』
満面の笑みを浮かべる。
『竜星墜~~っ!!』
急降下。
加速。
加速。
さらに加速。
空気摩擦による熱が全身を包み込む。
白い身体が真紅の光へ変わる。
その姿はまさに――流星。
ヒュオォォォォォォォォォォッ!!
ズバァァァァァッ!!
轟音と衝撃波が戦場を薙ぎ払う。
そして。
ヒメルが通り過ぎた後には――
上半身を消し飛ばされたゴーレムが二体。
『私もつよ~い!!』
ヒメルは満面の笑みで両手の親指を立てる。
対するハクも負けじとサムズアップ。
まるで遊び場で競い合う子供達だった。
だが、彼らが壊しているのは本来なら騎士達が命懸けで戦う兵器である。
『な、なんなんだ……あいつらは……』
ハインツは呆然と呟いた。
ゴーレムとの戦いがどれほど危険か。
それを誰より知っている。
騎士数人で囲んでも死人が出る。
無傷で討伐できたことなど一度もない。
それなのに。
あの二人は。
笑いながら。
遊びながら。
ゴーレムを破壊している。
『シグルド……』
『なんだ』
『魔王国ってさ……』
ハインツは真顔で言った。
『思った以上にヤバい国かもしれねぇぞ……』
『同感だ』
シグルドも即答する。
『現状は友好関係だ』
そして静かに続けた。
『絶対に失礼な真似はするなよ』
『それについても同感だ……』
二人の意見は完全に一致していた。
◇◇◇
戦況はさらに魔王軍へ傾き始める。
防壁上部。
開発室長シュプールが機銃の換装を終えていた。
連射用だった太い銃身は姿を消し。
代わりに長大な銃身が取り付けられている。
さらに上部には複数の照準魔法陣。
長距離狙撃形態。
ライトが考案したキジュウの第二形態である。
『ふふふ~』
シュプールは銃身を撫でる。
『太いのも魅力的ですけど~……長いのも捨て難いですねぇ~』
相変わらずである。
だが腕は本物だった。
魔法陣スコープの先。
数キロ先。
後方待機中のゴーレムを捉える。
『それじゃあ~』
引き金を絞る。
『熱い一発、いっちゃいますよぉ~♪』
ズドォォォォォン!!
大気を切り裂く轟音。
次の瞬間。
後方待機していたゴーレムの眉間に大穴が空いた。
崩れ落ちる巨体。
『ふぅ~♪』
シュプールは満足そうに息を吐く。
『やっぱり連射も良いけど~……一撃必中も最高ですねぇ~♪』
これで残るゴーレムは二機。
戦況は完全に魔王軍優勢。
誰が見ても勝利目前だった。
◇◇◇
『アローラ殿!』
フィオレリアが笑みを浮かべる。
『これは我々の勝利で間違いありませんね!』
だが。
アローラは首を横に振った。
『以前の私も……そう思ったことがありますわ』
その瞳に過去がよぎる。
魔王ガルス。
敗北。
後悔。
喪失。
『戦は終わるまで分かりません』
静かに告げる。
『最後まで油断してはなりませんわ』
フィオレリアも表情を引き締めた。
『……その通りですね』
『私も主君から教わっただけですけれど』
そう微笑むアローラ。
そして。
インカムへ向けて声を上げた。
『魔王軍全軍に告ぐ!』
戦場に響く声。
『我々は二度と同じ過ちは繰り返さない! 敵は必ず奥の手を隠している!』
拳を握る。
『最後まで気を抜くことなく戦いなさい!!』
『『『オォォォォォッ!!』』』
全軍の雄叫びが轟く。
だが。
その頃。
インカムを持たない問題児二人は。
『ハク~!』
『ん?』
『残りのゴーレムどっちが倒すか競争だよ~!』
『俺、負けない』
まるで遠足で遊ぶ子供だった。
そして。
二人が残るゴーレムへ向かおうとした――その時。
キラリ。
空間が歪む。
ヒュオン――
何かが現れる。
突然。
何の前触れもなく。
ハクとヒメルの進路を塞ぐように。
『――っ!?』
遠方のシグルドが目を見開いた。
『あれは……!』
全身を覆う深い紺色の装甲。
兵士型の倍はある巨体。
そして。
細身のレイピアを携えた異形。
『特殊個体……!!』
戦場の空気が一変する。
現れたゴーレムは静かに剣を構えた。
その動作は。
まるで歴戦の剣士そのものだった――。




