第40話 名前のない魔王国
対侵略者殲滅用兵器――キジュウ。
ライトの発案によって生み出された新たな魔導兵器が、防壁の上にずらりと並んでいる。
防壁上には魔法師団が展開し、その足元では魔王親衛隊と騎士団が迎撃陣形を敷く。
さらに開発室の面々は、配置されたキジュウの最終調整を続けていた。
すでに防衛準備は完了している。
アローラは静かに腕を組み、高く築かれた防壁の上から東の空を見据えていた。
そこへ上空から一つの影が舞い降りる。
斥候部隊長エドだった。
「アローラ!船で来た連中がこちらへ向かっているぞ!」
「そうですか……」
「このまま進めば数時間後には到着するはずだ」
アローラの表情が僅かに険しくなる。
やはり目的地は魔王国。
ならば――迎え撃つのみ。
しかし、エドは続けた。
「だが少し待て。確かに奴らはこちらへ向かっている。しかし戦闘の意思が見えないんだ」
「戦闘の意思が……?」
「ああ。上空から観察した限りでは使節団に近い。何か重要人物を護送しているように見えた」
「使節団……人族の、ですか?」
「間違いなく人族だ。だが人数は少ない。武装も最低限。あの程度の戦力で攻め込もうというなら、自殺志願者としか思えん」
アローラはしばし考え込む。
やがて静かに口を開いた。
「なるほど。でしたら到着を待ちましょう」
その声は冷静だった。
だが次に続いた言葉は容赦がない。
「攻撃の意思が見られた場合のみ殲滅いたしますわ」
エドは苦笑した。
結論は結局そこなのか、と。
もっとも国を守る者としては正しい判断でもある。
「了解した。俺は引き続き監視を続ける」
そう言い残し、エドは再び空へと飛び立った。
二時間後。
「フィオレリア様。地図によれば、この森を抜ければ魔王国領内です」
黒髪の騎士シグルドが報告する。
「そう……いよいよなのね」
皇女フィオレリアは無意識に手綱を握る力を強めた。
魔王国。
世界最大級の戦力を有する国家。
人族諸国が恐れ、神聖国が敵視する国。
その中心に座す魔王との会談。
緊張しない方がおかしい。
「城までは?」
「このまま進めば半日ほどです」
「そう……」
僅かに表情が曇る。
そんな彼女を見て紫髪の騎士ハインツが明るく声を掛けた。
「フィオレリア様はご心配なく。厄介事が起きたら我々が何とかしますので!」
「ありがとう、ハインツ」
「この命に代えてもお守りします!」
その言葉にフィオレリアは小さく笑みを浮かべた。
少しだけ肩の力が抜ける。
そしてふと、以前から気になっていた疑問を口にした。
「そういえば、魔王国って国名がないのよね?」
「正式にはありませんね」
「どうして?」
「周辺各国が建国を認めなかったからですよ」
予想外の答えだった。
フィオレリアは目を丸くする。
「認めなかった?」
「はい。特にツヴァイス神聖国が猛反発したそうです。結果として国名は制定されず、魔王が治める国という意味で魔王国と呼ばれるようになったとか」
「でも、魔王国は強大な国家なのでしょう?」
「ええ」
「なら反対なんて押し切ればよかったじゃない」
ハインツは肩を竦めた。
「当時の魔王にその気がなかったのでしょう。少なくとも魔王国は周辺諸国との全面戦争を望んでいなかったと言われています」
「……意外ね」
「魔王軍が侵略したという記録も、実はほとんどありませんしね」
フィオレリアは考え込む。
これまで教えられてきた話と随分違う。
魔族は邪悪。
魔王は世界の敵。
それが常識だった。
だが、もし違うのだとしたら――。
「なんだか……私達が聞かされていた話と違う気がするわ」
「真実は実際に見て判断するしかありませんね」
「そうね」
フィオレリアは頷いた。
そして一行は森の出口へと辿り着く。
最後の木々を抜けたその瞬間――
全員の足が止まった。
「なっ……」
目の前に現れたのは巨大な防壁だった。
まるで山脈のように高くそびえる石壁。
その上には無数の魔族兵。
さらに防壁の至る所には見たこともない巨大な兵器が並べられている。
黒い砲身が整然とこちらを向いていた。
そして防壁前方。
そこには重装備の騎士団。
巨大な盾を構えるオーガ。
武器を携えた魔族たち。
まるで戦争直前の陣容だった。
フィオレリアは思わず息を呑む。
――歓迎されているようには見えない。
その圧倒的な威容を前に、一行は初めて理解した。
自分たちは今、世界最強クラスの軍事国家の正面門まで来てしまったのだと。




