第39話 北方大陸に上陸する謎の一団
ベイルが魔竜王デッカーによる地獄の特別訓練を受けていた頃――
魔王国が存在する北方大陸へ、一団の船団が静かに上陸を開始していた。
海岸に停泊しているのは三隻。
二隻は護衛艦と思われる武装船。
そして中央には、一際大きな特別仕様の帆船が停泊している。
大型フリゲート艦を改装したその船は、単なる輸送船とは思えない威容を誇っていた。
やがて船から一人の少女が姿を現す。
鮮やかな赤を基調としたハーフメイルとドレスを組み合わせた装い。
燃えるような赤髪。
そして気品を感じさせる整った顔立ち。
少女は海風を受けながら大きく息を吐いた。
「ふぅ……やっと辿り着いたわね」
その隣に控える青いフルプレートアーマーの騎士が恭しく頭を下げる。
「そうですね。北方大陸は我が帝国から比較的近いとはいえ、今回はアストリア王国を避けて航海しましたので、予定以上に時間を要しました」
「時間を掛け過ぎたわ」
少女は険しい表情を浮かべる。
「もう私たちには残された時間が少ないもの」
その瞳には焦燥が滲んでいた。
「まずは魔王ガルスに謁見を求めましょう。急がなくては」
「承知しております。しかしフィオレリア様」
騎士の声が僅かに強くなる。
「ここは魔族の国です。敵対関係にはありませんが、絶対の安全が保証されている訳ではございません」
「またそれ?」
「当然です」
騎士は真剣な表情で続けた。
「フィオレリア様に何かあれば、我々の命だけでは済みません」
「大丈夫よ」
フィオレリアは胸を張る。
「私が先頭に立つわ。魔物なんて怖くないもの」
「だからこそ危険なのです!」
即座に返された言葉にフィオレリアは肩を落とした。
「……もう」
「どうか我々の後方をお進みください」
「分かったわよ」
不満そうに頬を膨らませながらも、最終的には従う。
そんな主君の様子に騎士たちは安堵の息を漏らした。
こうしてフィオレリア一行は魔王城を目指し進軍を開始するのだった。
その頃――
魔王城。
「アローラ! アローラはいるか!」
慌ただしく玉座の間へ飛び込んできたのは斥候部隊長エドだった。
「あら、どうしたのエド?」
アローラは書類から顔を上げる。
「そんなに慌てて」
「もしかしたら戦になるかもしれん」
その一言で空気が変わった。
「魔王国東側沿岸に人族の船団が確認された」
アローラの表情が引き締まる。
「王国の船ですの?」
「いや」
エドは首を振った。
「王国旗は確認できなかった。しかも三隻だけだ」
「少なすぎますわね」
「だからこそ分からん」
エドは腕を組む。
「侵攻にしては戦力不足だ」
「ですが隠密行動の可能性もあります」
アローラは即座に判断する。
「正体不明である以上、油断は禁物ですわ」
「訓練部隊を呼び戻すか?」
「いえ」
アローラは迷わなかった。
「まだその段階ではありません」
ライトが残した防衛計画。
それは王国軍による大規模侵攻を想定したものだ。
三隻程度でそれを発動する必要はない。
「皆の訓練は継続です」
「そうか」
エドは頷く。
「なら俺は連中の追跡を続ける」
「お願いしますわ」
アローラも立ち上がる。
「私は防壁の防衛態勢を整えます」
そして妖艶な笑みを浮かべた。
「もし敵でしたら――」
紫色の瞳が細められる。
「ライト様考案の新兵器で歓迎して差し上げますわ」
エドは少しだけ同情した。
敵に対して。
エドが出て行った後。
アローラは即座に命令を飛ばす。
「各部隊へ伝令!」
「はっ!」
「東側防壁へ兵を配置なさい!」
「はっ!」
「結界維持班も配置!」
「了解!」
次々と飛び交う指示。
魔王不在。
ライト不在。
それでも魔王国が混乱しないのは、アローラの統率力があってこそだった。
そして。
「シュプール室長を呼んできてちょうだい」
「はっ!」
数分後。
当の本人が姿を現した。
「アローラ師団長〜♪ お呼びでしたか〜?」
いつも通りだった。
まるで緊張感がない。
「シュプール室長」
アローラは真面目な表情で告げる。
「正体不明の集団が接近しています」
「ほうほう〜」
「念のため迎撃準備を行います」
その瞬間だった。
シュプールの肩が小刻みに震え始める。
「……?」
アローラが首を傾げる。
そして気付く。
震えている理由が恐怖ではないことに。
シュプールの口元が歪む。
「うふ……」
瞳が怪しく輝く。
「うふふふふふふふ……」
嫌な予感しかしない。
「ついに……」
シュプールは両手を頬に当てた。
「ついに、あの雄々しくイキり立った砲身で侵略者共を逝き散らかす時が来たのですねぇ……♡」
「…………」
アローラは頭を抱えた。
やっぱりヤバい。
この女、本当にヤバい。
「まだ敵と決まった訳ではありませんわ」
一応釘を刺してみる。
「念のためです」
「うふふふふ♡」
全く聞いていなかった。
「すぐに私の可愛いキジュウ達をおっき……じゃなくて準備させます〜♡」
そう言って開発室へ駆けていくシュプール。
その背中を見送りながらアローラは確信した。
敵よりも味方の方が怖いかもしれない、と。
だが立ち止まっている暇はない。
アローラもまた防壁へ向かう。
その先で待つ者たちが敵か味方か。
まだ誰にも分からなかった。
一方その頃――
魔王国へ向かうフィオレリア一行。
「ねぇ」
フィオレリアが森を見回しながら呟く。
「魔族の国って聞いていたけど……」
視界に広がるのは美しい森。
透き通る川。
豊かな自然。
想像していた地獄のような光景はどこにもない。
「意外と普通ね」
「普通と言いますか…美しい所ですね」
騎士は苦笑する。
「それが本来の姿なのでしょう」
「魔物の国というから、もっと禍々しい場所だと思ってたわ」
「フィオレリア様」
騎士が真顔になる。
「魔物ではなく魔族の国です。くれぐれも魔王ガルスの前で魔物扱いなんてしないでくださいね」
「わ、分かってるわよ!」
慌てるフィオレリア。
だが騎士は続ける。
「我々にはもう魔王国を頼るしかないのです」
その言葉にフィオレリアの表情が曇る。
「……そうね」
そして小さく呟いた。
「本当に助けてくれるかしら」
帝国の未来。
民の未来。
全てを背負ってやって来た。
だからこそ不安になる。
「大丈夫です」
騎士は静かに答えた。
「もしもの時は我々が盾となります」
「……ありがとう」
フィオレリアは前を向く。
そして馬を進める。
魔王国へ。
運命を変えるために。
皇女フィオレリア・フォン・ジューダス率いる使節団は、着実に魔王国へ近づいていた。
その先に待つのが戦火か、あるいは希望かも知らぬまま――




