第38話 魔竜王の思惑
魔竜王デッカーに鷲掴みにされ、洞窟内の広い空間に連れてこられたホイズとベイル…
「ほら、着いたぞ」
その言葉と同時に――
ホイズとベイルの身体は、まるで荷物でも放り捨てるかのように無造作に地面へ投げ落とされた。
「いだっ!!」
「うわっ!」
鈍い音と共に地面へ転がる二人。
ホイズは尻を押さえながら立ち上がり、ベイルは周囲を見回しながら現在地を確認しようとする。
だが、そんな二人に状況を整理する時間など与えられなかった。
魔竜王デッカーが、有無を言わさぬ口調で告げる。
「お前ら二人は、今から一人ずつコイツと戦ってもらう」
そう言ってデッカーが顎で示した先。
そこには、一人の少女が立っていた。
サファイアブルーの長い髪。
黄金色の瞳。
背中には竜を思わせる巨大な翼。
そして全身には、過酷な訓練の跡を物語る無数の傷。
少女は真っ直ぐにこちらを見つめていた。
「おい、ヒメル!」
デッカーが怒鳴る。
「コイツらに負けたらライトの所には帰れねぇからな!分かったか!」
「むぅ~!」
少女は頬を膨らませながら拳を握る。
「私は絶対勝つ!ご主人様の所に帰るんだから!」
その言葉を聞いた瞬間。
ホイズの目が丸くなった。
「へ?ヒメル?お前ヒメルだすか?」
「ん?」
少女が振り向く。
「……あっ!」
次の瞬間、ぱぁっと表情を明るくした。
「ホイズのおっちゃん!」
「やっぱりヒメルだすか!」
そう。
目の前にいる少女こそ、魔竜王の修行によってドラゴノイドへと進化を果たしたヒメルだったのである。
「私、ヒメルだよ!」
「おぉ~!立派になっただな~!」
ホイズは感動したように何度も頷く。
「オラ、嬉しいだーよ!」
「えへへ~!」
久しぶりの再会に笑顔を浮かべるヒメル。
まるで親戚の叔父と姪のような微笑ましい光景だった。
――が。
その様子を見ていたデッカーの額に、ぴくりと青筋が浮かぶ。
一つ。
二つ。
三つ。
そして――
ブチッ。
何かが切れた。
「チッ……」
低い声が響く。
「オイオイ……」
周囲の空気が震え始める。
「お前らはおしゃべりをしに来たのか?」
しかし当の二人はデッカーがブチ切れている事に気付いていない。
「でもヒメルは仲間だすしなぁ」
「そうだよね~」
その瞬間だった。
「ゴルァァァァァァァァァァァッ!!!!」
天地を揺るがす咆哮が炸裂した。
「テメェら!!それなら俺様がまとめてぶちのめしてやる!!そのまま仲良くくっちゃべってろやぁぁぁ!!」
轟音と共に放たれる超絶的な威圧。
空気が軋む。
大地が震える。
まるで世界そのものが押し潰そうとしてくるかのような圧力。
「ぐっ……!」
「うぐぅ……!」
「きゃあっ!」
三人の身体が地面へ叩き付けられる。
重力が何倍にも増したかのようだった。
指一本動かせない。
呼吸すら苦しい。
そんな極限状態の中――
デッカーがゆっくりと歩き出す。
「まずはテメェだ」
視線の先はホイズ。
次の瞬間。
ホイズの胴体よりも太い竜尾が唸りを上げた。
ズドガァァァァァァァン!!
鋼鉄の鞭を超える破壊力。
尾撃をまともに受けたホイズの身体が、くの字に折れ曲がる。
「ぶはぁぁっ!!」
砲弾のような速度で吹き飛んでいった。
「次はお前だ!」
続いて狙われたのはヒメル。
デッカーが巨大な拳を振り上げる。
そして――
ドゴォォォォォォォォン!!
隕石落下。
そう表現するしかない一撃だった。
地面が爆発したかのように陥没し、巨大なクレーターが形成される。
「ギャウッ!?」
ヒメルの姿は土煙の中へ消えた。
そして最後。
デッカーの視線がベイルへ向く。
「お前もついでだ」
「え? 私も!?」
理不尽だった。
明らかに理不尽だった。
だが魔竜王にそんな常識は通用しない。
デッカーはその場で身体を回転させる。
次の瞬間。
空気を切り裂く超高速の回し蹴り。
ベイルの視界には、巨大な壁が猛スピードで迫ってくるように見えた。
バキィィィィィィィン!!
「グハァァァァッ!!」
大型馬車どころではない。
まるで暴走する城そのものに轢かれたような衝撃。
ベイルもまた遥か彼方へ吹き飛ばされた。
こうして――
魔竜王デッカーは、わずか数秒で三人を叩き潰した。
「ふぅ」
デッカーが満足そうに息を吐く。
「スッキリした」
そして倒れている三人を見下ろした。
「オイ」
ギロリ。
黄金の瞳が細められる。
「早く立て」
ゾクリ、と全員の背筋が凍る。
「戦え」
笑顔だった。
だが恐ろしいほど怖い笑顔だった。
「じゃねぇと、また俺様が動くことになるぜ?」
「う、うぅぅ……」
「グルァ……」
「な、何故私まで……」
満身創痍になりながらも立ち上がる三人。
するとデッカーは満足そうに頷いた。
「よし」
そして指を差す。
「ヒメルとオーガキングのお前!」
「はい!」
「だーよ!」
「まずお前らが戦え」
二人は顔を見合わせる。
「手は抜くなよ?」
その瞬間。
背後でデッカーが笑った。
「抜いたら俺様が相手してやるからな」
「「抜きません!!」」
即答だった。
そして二人は距離を取る。
「ホイズのおっちゃん……いくよ!」
「どーんと来いだーよ!」
覚悟を決める二人。
だが、その時だった。
ホイズの身体から黒い靄のようなものが立ち上り始める。
禍々しく。
重々しく。
まるで眠っていた何かが目覚めるように。
「ん?」
ヒメルが目を見開く。
そしてデッカーも反応した。
「――おっ」
次の瞬間。
デッカーが手を叩く。
「はいストップー!!」
「だ、だーよ?」
「それだそれだ!」
デッカーは満面の笑みを浮かべた。
「オーガキング!」
「はいだーよ!」
「その感覚を維持しろ!」
ニヤリと牙を見せる。
「お前、進化できるぞ」
「え?」
ホイズが目を丸くする。
実はデッカーは、ただ機嫌で暴れていたわけではなかった。
事前にホイズ達の状態を観察し、どの程度の負荷を与えれば進化の兆候が現れるかまで見抜いていたのである。
極限の恐怖。
極限の圧力。
極限の生存本能。
それらを強制的に引き出していたのだ。
「不思議な感覚だーよ……」
「よし」
デッカーが頷く。
「お前はそこでその状態を維持しながらヒメルと戦え」
そしてヒメルへ視線を向ける。
「ヒメル」
「はーい!」
「そいつのためだ」
デッカーの表情が真剣になる。
「絶対に手を抜くな」
「分かった!」
ヒメルは元気よく返事をすると、ホイズを連れて少し離れた場所へ移動していった。
それを見送ったデッカーは――
今度はベイルへ視線を向ける。
そして獰猛な笑みを浮かべた。
「さて」
ベイルの背筋に悪寒が走る。
「ホイズはライトと一緒に戦場を経験してる」
デッカーは続ける。
「だから進化の兆しが出た」
そして。
黄金の瞳が細められた。
「だがお前はまだ足りねぇ」
「……」
「全然足りねぇ」
ゴクリ。
ベイルが息を呑む。
「だから――」
デッカーは凶悪な笑みを浮かべた。
「ここからは少し厳しめにいく」
明らかに”少し”ではない。
ベイルの本能がそう告げていた。
「覚悟はあるか?」
しかしベイルは拳を握る。
恐怖を押し殺しながら。
「力を手に入れるためなら……」
そして真っ直ぐ見上げた。
「魔王様を助けるためなら、どんな試練も乗り越えてみせよう!」
一瞬の沈黙。
そして――
デッカーは豪快に笑った。
「ガハハハハ!!」
気に入った。
そんな笑いだった。
「よーし!!」
巨大な手がベイルの肩を叩く。
もちろん痛い。
めちゃくちゃ痛い。
「良く言った!」
そして魔竜王は宣言する。
「ここからは俺様の特別訓練だ!!」
牙を剥くような笑み。
「泣いても許さねぇぞ?」
その言葉に。
ベイルは覚悟を決めた。
こうして――
魔王軍最強の騎士ベイルは、進化への地獄の第一歩を踏み出すのだった。




