第33話 修行の始まり
白狼の王シュバルツにハクを託したライトは、ヒメルと共に再び最下層へと向かった。
前回と同じく、四十階層の縦穴からのショートカットルート。
ヒメルは迷いなく通路を飛び出すと、そのまま大空へ飛び込むように急降下を開始した。
風が唸る。
身体が浮くような感覚。
しかしヒメルは微塵も速度を緩めない。
横穴から飛び出してきたワイバーン達も侵入者を察知して追跡を開始するが――
『グルァァァッ!!』
ヒメルは一声咆哮するとさらに加速した。
前回のような手探り飛行ではない。
最初から全力。
その姿はまるで青い流星だった。
追跡してきたワイバーン達はあっという間に後方へ置き去りにされる。
ライトは思わず苦笑した。
(やっぱりヒメルって凄いな……)
仲間になってまだ日が浅い。
それでもこちらの意図を理解し、即座に行動に移す知性。
圧倒的な飛行能力。
そして何より学習能力。
普通のワイバーンが皆こうなのかは分からない。
だが少なくともヒメルは特別だ。
秘めた才能がある。
――ヒメルだけに。
(……うん、今のはちょっと上手かったな)
誰にも評価されないダジャレに一人で満足していると、視界の先に巨大な門が現れた。
最下層の五十階層。
玉座の間へと続く漆黒の大扉である。
『一応……ノックするか』
ゴンッ。
ゴンッ。
ゴンッ。
すると――
『はぁ~い!どうぞ~!開いてますよ~!』
返ってきたのは、まるで家事の途中に来客対応する主婦のような返事だった。
(魔竜王ってもっとこう……威厳とか無いのかな……)
ライトは微妙な表情を浮かべながら扉を押す。
前回はホイズが開けたため気付かなかったが、この大きな扉…自分で開けられるだろうか。
そう思っていたのだが――
ギィィ……
あっさり開いた。
見た目に反して驚くほど軽い。
(どんな構造してるんだよ……クレ5○6を使ったってこんなにスムーズにはならないぞ)
『おう!来たな!待ってたぞ!』
広間へ足を踏み入れるなり豪快な声が響いた。
声の主を見てライトは思わず目を丸くする。
そこには前回空席だった巨大な玉座に、ふんぞり返って座る魔竜王デッカーの姿があった。
『ど、どうも……お待たせしました』
『気にすんな!』
豪快に笑う魔竜王。
威厳より親戚のおじさん感が強い。
『んじゃお前は奥へ行け!フランジュとレイドが待ってる!』
『はい』
『あとワイバーン!お前はここだ!俺が鍛えてやる!』
『グッ!?』
ヒメルの身体がビクッと震えた。
『あ、あの……よろしくお願いします』
『おう!任せろ!』
なぜかヒメルだけ目に涙を浮かべている気がしたが、ライトは見なかったことにした。
玉座の裏にある扉。
ライトは再びノックする。
ゴンッ。
ゴンッ。
ゴンッ。
『どうぞ』
今度は妙に丁寧な返事だった。
面接会場にでも来た気分になる。
『し、失礼します』
『お待ちしておりましたよ』
『遅いぞ小僧!』
柔らかな笑顔のフランジュ。
不機嫌そうなレイド。
相変わらず温度差が凄い。
『では早速始めましょう』
『はい!』
『まずはワシじゃな』
レイドが腕を組みながら言う。
『お前には魔王固有魔法――アビスフレアを覚えてもらう』
『アビスフレア?』
『なんじゃ。ガルスから見せてもらっておらんのか』
『戦ってるところはほとんど見たことがないので……』
『当然じゃ!訓練で使ったら相手が死ぬ!』
『あ、そういうレベルなんですね……』
ライトの頬が引きつる。
『仕方ない。まずは見せてやる』
『フランジュ、異空間を開け』
『はいはい』
フランジュが指を一振りすると、空間が捻じ曲がるように光の扉が現れた。
『中に入れ』
『は、はい』
ライトは恐る恐る扉を潜る。
その先に広がっていたのは――
無。
ただそれだけだった。
地平線も空もない。
上下の感覚すら曖昧になる空間。
世界そのものが削り取られたような異質な場所だった。
『よく見ておけ』
レイドが前へ出る。
その瞬間。
空間が震えた。
ブォォォォォォォ――――ン。
レイドの前に魔法陣が出現する。
一枚。
二枚。
三枚。
四枚。
五枚。
六枚。
七枚。
普通の多重魔法ではない。
魔法陣が幾重にも重なり、一つの巨大な術式を形成している。
まるで複数の世界が重なり合っているかのようだった。
『これが――』
ライトは息を呑む。
魔力密度が桁違いだった。
魔法陣が現れているだけで周囲の空間が軋みを上げている。
『ゆくぞ』
レイドが右手を前へ突き出した。
『――アビスフレア』
瞬間。
世界が黒に染まった。
轟音すら存在しない。
ただ漆黒だけが奔る。
炎だった。
しかし炎とは思えない。
光を呑み込み。
空間を侵食し。
存在そのものを否定する黒き業火。
その軌跡を見た瞬間、ライトは本能で理解した。
触れれば終わりだ。
防御も回避も関係ない。
存在そのものが焼却される。
まさに魔王の魔法。
破壊の極致。
『どうじゃ』
レイドが得意げに胸を張る。
『すごい……』
それしか言葉が出なかった。
『代々魔王に受け継がれた究極の闇魔法じゃ』
『魔王じゃない俺にも使えるんですか?』
『使える』
レイドは即答した。
『勇者の血を引きながら魔王に育てられ、人族でありながら魔王代行となったお主だからこそな』
そしてニヤリと笑う。
『何よりワシが教えるんじゃ。出来ぬ訳がなかろう』
無茶振りにも聞こえた。
だが不思議と嫌な気はしない。
むしろ胸が高鳴る。
魔王ガルスが使う魔法。
その力を受け継げるかもしれないのだから。
ライトは拳を握り締めた。
『分かりました』
そして真っ直ぐにレイドを見る。
『必ず習得してみせます』
その言葉を聞いたレイドは満足そうに頷いた。
こうして――
魔王代行ライトの地獄の修行が幕を開けたのであった。




