第32話 白狼王への階段
久しぶりに自室で迎える朝だった。
窓から差し込む柔らかな光。
その温もりを感じながら、ライトは静かに目を開く。
傍らではハクが気持ち良さそうに眠っていた。
「おはよう、ハク」
ふわりと白い毛並みを撫でる。
『クゥ~ン……』
眠たそうに尻尾を揺らすハク。
そんな相棒の姿を見ながら、ライトは静かに決意を新たにしていた。
――今日から修行が始まる。
――そしてその先には、魔王ガルスの救出がある。
絶対に助け出す。
そのために強くなる。
今はただ、それだけだった。
身支度を整えたライトは、予定より少し早く部屋を出る。
ハクを連れて城門へ向かうと――
既に全員が揃っていた。
「ライト様、おはようございます!」
「本日も麗しゅうございますわ」
「おはようだーよ!」
「本日もお元気そうで何よりですぞ!」
魔王軍幹部たちが次々と頭を下げる。
誰一人として不安そうな顔をしていない。
むしろ全員の目が燃えていた。
ガルス救出。
その目的が彼らを突き動かしているのだろう。
「みんな、おはよう!」
ライトも笑顔で応える。
そして整列した兵士たちの前へ歩み出た。
何千もの視線が集まる。
その腰には愛刀――漆輝。
漆黒の刀身を秘めたその刀は、静かに存在感を放っていた。
「みんなー!おはようー!」
明るい声が響く。
「今日から訓練だけど、怪我しないように協力して頑張ろうね!」
――静寂。
そして次の瞬間。
『『『おおおおおおおおおおおっ!!』』』
地響きのような歓声が爆発した。
『ライト様ぁぁぁぁぁ!!』
「えっ」
ライトは思わず固まる。
そんなに凄いこと言っただろうか。
むしろ小学生の朝礼レベルだった気がする。
だが兵士たちは大興奮だ。
士気が高いのは良いことだが、若干怖い。
「う、うん……元気そうで何よりだね……」
『おおおおおおおおっ!!』
何を言っても盛り上がる。
もう駄目だ。
勢いで行こう。
そう決めた矢先――
「ライト様~!」
ホイズが元気よく手を挙げた。
「お弁当は持っただすか?」
「遠足じゃないからね?」
即座にツッコミを入れる。
だが少し考える。
いや。
ホイズの場合は重要だった。
空腹になると帰る。
前科がある。
「……ちゃんと持ったよ」
「それなら安心だーよ!」
安心するな。
むしろこちらは不安になった。
そんなやり取りをしながら、ついに出発の時を迎える。
ライトは刀の柄に手を置いた。
「よーし!」
大きく息を吸う。
「しゅっぱーつ!!」
『『『おおおおおおおおおおおっ!!』』』
こうして魔王軍は、新たな戦力強化計画の第一歩を踏み出した。
◆
魔竜の洞窟。
三十五階層。
ヒメルの背に乗ったライトたちは、あっという間に目的地へ到着していた。
改めて飛行能力の便利さを実感する。
歩けば数日。
飛べば数十分。
文明が変わるレベルである。
地上へ降り立つと、すぐに巨大な白狼が姿を現した。
白狼の王――シュバルツ。
その背後には多数のホワイトウルフたちが控えている。
以前は殺気全開だった相手とは思えないほど穏やかな表情だった。
「おお!魔王代行殿ではないか!」
豪快な笑い声が響く。
「小さき王も元気そうだな!」
『ワフッ!』
「シュバルツさん、お体は?」
「見ての通りよ!」
バンバンと胸を叩くシュバルツ。
元気そのものだ。
まあ、その傷を付けたのは自分なのだが。
「それで今日は何用だ?」
「実はお願いがありまして」
「遠慮はいらぬ!」
シュバルツは即答した。
「貴殿は我の恩人だ!何でも申すがよい!」
ライトは一度ハクへ視線を向ける。
そして真っ直ぐシュバルツを見上げた。
「ハクを鍛えてください」
一瞬。
シュバルツの瞳が見開かれた。
「……我に?」
「はい」
ライトは頷く。
「シュバルツさんは強い。俺はハクにも、あなたみたいになってほしいんです」
しばし沈黙。
やがてシュバルツは大きく笑った。
「はっはっはっはっ!!」
洞窟全体が震えるほどの豪快な笑い声。
「願ってもない!」
そして優しくハクを見る。
その目は王ではなく、親のものだった。
「小さき王は我が子も同然」
「必ず立派に育て上げてみせよう」
『アォォォォォン!!』
ハクも応えるように遠吠えを上げる。
ライトは自然と笑みを浮かべた。
きっと大丈夫だ。
この人なら任せられる。
「ではお願いします」
「任されよ!」
力強い返答だった。
◆
別れの時が来る。
ライトはしゃがみ込み、ハクの頭を撫でた。
「ハク」
『クゥ~ン……』
「少しだけお別れだ」
ハクが悲しそうに鼻を鳴らす。
だがライトは笑った。
「強くなって帰ってこい」
『ワフッ!』
その返事は力強かった。
寂しさはある。
だが、それ以上に期待があった。
次に会う時。
ハクはきっと今より遥かに強くなっている。
「行こう、ヒメル」
『グルァッ!』
翼が大きく広がる。
舞い上がる風。
遠ざかるシュバルツとハク。
ライトは最後まで相棒の姿を見つめ続けた。
――また会おう。
その時はきっと。
今よりもっと強くなったお前と。




