第139話 元勇者と元魔王
――アストリア王国
王都地下。
先代土のレガリア保持者を利用した特殊個体が誕生してから、数日。
「…………」
研究施設の最深部。
レイヴンは一人、巨大な資料室にいた。
壁一面に並べられた資料。
古代文献。
王国の機密記録。
そして――
歴代のレガリア保持者に関する研究資料。
「…………」
レイヴンは一枚の報告書を手に取る。
そこに記されていたのは――
【先代土のレガリア保持者】
「…………」
レイヴンは静かに目を細める。
「やはり……」
土の特殊個体。
その力は凄まじかった。
先代保持者が生前に持っていた力。
そして。
レガリアの残滓。
その二つを掛け合わせることで生まれた特殊個体は、通常の特殊個体とは比較にならない。
「…………」
だが。
レイヴンには、一つだけ気に入らないことがあった。
「…………ライト•グランフェル」
資料の一番上。
そこに書かれた名前。
光と闇
二つのレガリアを同時に宿す少年。
そして
その二つを融合させた特殊形態――
【堕天化】
「…………」
レイヴンの指が、資料の上を滑る。
「厄介な存在だ」
土の特殊個体を見ても、レイヴンは確信していた。
ライトを倒すには――
さらに強い力が必要だ。
「土の器だけでは足りない」
「…………」
レイヴンは別の資料を開く。
そこには。
七つのレガリアの記録。
「水」
「風」
「炎」
「土」
「雷」
「光」
「闇」
「…………」
その中から。
二つの記録に目を止める。
「光」
「闇」
「…………」
「この二つを……」
レイヴンは呟く。
「手に入れる必要がある」
◇
――アストリア王国研究資料室
「先代の光の保持者……」
レイヴンの前に、数人の研究員が立っていた。
「調査結果を」
「はい」
研究員が資料を差し出す。
「先代の光のレガリア保持者については、王国の古い記録にもほとんど残っていません」
「…………」
「ただし」
研究員は一枚の古文書を開く。
「数百年前の記録に、非常に興味深い記述があります」
「読んで下さい……」
「はい」
研究員が読み上げる。
「――光のレガリアを宿した勇者は、魔族との戦いの後、消息を絶つ」
「…………」
「その後、同時期に確認されるようになった『首無し騎士』について――」
レイヴンの眉が僅かに動く。
「首無し騎士?」
「はい」
「魔王国周辺にある、魔竜の洞窟という場所に出現する、不死の騎士との事です」
「…………」
「名称は――」
研究員は資料を見る。
「フランジュ」
「…………」
レイヴンは立ち上がった。
「続けて下さい……」
「その首無し騎士について、接触したという冒険者の古い冒険記録に興味深い記述があります」
「…………」
「その首無し騎士は、かつて人族の勇者だったという記録です」
「…………」
レイヴンの瞳が細くなる。
「その勇者の名前は?」
研究員が答える。
「フランジュ」
「…………」
「元勇者フランジュ」
レイヴンの手が止まった。
「…………」
「勇者……」
「はい」
「人族の勇者が……」
レイヴンは資料を見つめる。
「首無し騎士になった?」
「そのようです」
「…………」
「しかも――」
研究員が続ける。
「フランジュが消息を絶った時期と、光のレガリアの記録が途絶えた時期が……ほぼ一致しています」
「…………」
沈黙。
やがて。
レイヴンが笑った。
「面白い」
◇
「では、闇は?」
別の研究員が資料を開く。
「先代の闇のレガリア保持者についても、似たような記録があります」
「…………」
「元々は魔族」
「…………」
「魔王」
その言葉に。
レイヴンの視線が鋭くなる。
「魔王?」
「はい」
「名前は?」
「レイド」
「…………」
「先代の魔王レイド」
研究員が続ける。
「当時の魔族側の記録では、現魔王のガルスに似た容姿で、強大な魔力を持った魔王として知られていました」
「だが――ある時を境に、消息を絶っています」
「…………」
「その後」
研究員が別の資料を取り出す。
「魔竜の洞窟周辺で……一体の特殊なリッチーが確認されるようになった」
「…………」
「不死魔導士」
「その名は――レイド」
「…………」
レイヴンの口元が僅かに上がる。
「また同じ名前ですか……」
「はい」
「つまり……」
レイヴンは二枚の資料を並べる。
【光】
――フランジュ
【闇】
――レイド
「二人とも」
レイヴンは静かに言った。
「先代のレガリアの器の可能性がある」
「…………」
研究員達が顔を見合わせる。
「ですが……」
「何です?」
「それだけでは説明がつきません」
「…………」
「なぜ光のレガリア保持者だった人族の勇者が……首無し騎士になったのか」
「…………」
「なぜ闇のレガリア保持者だった魔王が……骸骨の姿であるリッチーになったのか」
「…………」
レイヴンは黙っていた。
そして。
「だからこそ――」
資料を閉じる。
「調べる価値がある」
◇
――魔竜の洞窟
魔王国でも指折りの危険度を誇るダンジョン。
生息する魔物の種類は多岐に渡り、侵入する者の行手を阻む。
「…………」
レイヴンの手元にある地図。
そこには一つの場所が記されていた。
【魔竜の洞窟】
「…………」
「二人の足取りが、ここで途切れている」
研究員が言う。
「はい」
「そして」
レイヴンが資料を見る。
「現在もここに……」
「フランジュとレイドがいる可能性が高い」
「はい」
「…………」
「偶然ではない」
レイヴンは断言した。
「二人とも、過去に光と闇のレガリアを宿した者」
「そして――」
「何らかの理由で、人ならざる存在になった」
「…………」
「その理由を知れば」
レイヴンの瞳が冷たく光る。
「レガリアの本質にも近づける」
「そして――」
「より強力な特殊個体を生み出せる」
◇
――アストリア王国
王都地下。
別の研究区画。
「…………」
巨大な壁面に七つの紋章。
その中の……
「光」
「闇」
二つの紋章が差し示される。
「…………」
研究員が尋ねる。
「次は……二人を捕らえるのですか?」
レイヴンは首を振った。
「まだです」
「…………」
「もっと情報が必要です……」
「何の情報ですか?」
「魔竜の洞窟は魔王国にある……下手に動けばライト•グランフェルが現れる」
「それでは本末転倒です……魔王国には知られずに、どのように侵入するか……徹底的に調べ、計画をたてるのです」
「そして……それと同時に、なぜ二人が現在の姿になったのか」
「…………」
「レガリアを宿した者が――」
レイヴンは静かに答える。
「死んだ後……いや、レガリアを手放した時どうなるのか」
「…………」
「あるいは」
「レガリアそのものが……」
一瞬、レイヴンの表情が変わる。
「宿主の肉体を変質させるのか」
「それも調べましょう……ククク、非常に興味深いですね」
◇
――その頃
魔竜の洞窟最深部
「…………」
巨大な空間。
その中に、ティーテーブルを囲い、首無し騎士と不死魔導士、そして巨大な竜が座っていた。
白銀の鎧に身を包む首無し騎士。
骨をカチカチと鳴らしながら漆黒のローブを羽織る不死魔導士
そして
片方の角が折れた、漆黒の鱗を持つ巨大な竜。
「…………」
フランジュ。
かつては人族の勇者。
今は首無し騎士。
その隣。
「…………」
白骨の身体。
漆黒のローブ。
巨大な魔導書。
不死魔導士のレイド。
「…………」
二人は何も語らない。
ただ遠くから響く、僅かな魔力の波動を感じていた。
「…………」
レイドが顔を上げる。
「……妙じゃな」
「…………」
フランジュは答えない。
「最近……」
レイドが呟く。
「妙な胸騒ぎを感じるんじゃが」
「…………」
フランジュの指が。
自らの剣に触れる。
「気のせいではないですね」
「…………」
レイドは笑う。
「じゃろうな」
「…………」
「誰かが……我々を探している」
◇
「…………」
そして、フランジュは。
ふと遠くを見る。
その視線の先。
誰もいない……
だが、そこにはかつて自分が弟子として鍛えた少年が見える。
「ライトくん…………」
魔竜の洞窟に籠っているフランジュは何も知らない。
ライトが堕天化という新たな力を得たことも。
そして――
先代のレガリアを求めて、アストリア王国が動き始めていることも。
「…………」
ただ、何故か胸の奥に嫌な予感があった。
◇
暫くして――アストリア王国
「魔王国への侵入経路は?」
「確保致しました」
「間者は?」
「既に侵入済みです」
「よし……機は熟しました……出発しましょう」
レイヴンが告げる。
「行き先は……魔王国、魔竜の洞窟」
「…………」
「フランジュとレイド」
レイヴンは二人の名を口にする。
「二人が本当に先代のレガリア保持者なら――」
その瞳に。
狂気にも似た探究心が宿る。
「必ず、何かを知っている」
「…………」
「そして」
レイヴンは資料を閉じる。
「その答えこそが――ライト•グランフェルを超えるための鍵になる」
◇
――その頃
アルヴァニア王国。
「――――ッ!!」
ライトが漆輝を振り下ろす。
ドゴォォォン!!
巨大な岩が真っ二つになる。
「…………」
「おお……」
リオネが目を丸くする。
「また強くなった?」
「少しだけな」
ライトは漆輝を収める。
「まだまだだけど」
「十分凄いと思うけどなぁ……」
リオネが笑う。
「でも」
ライトは空を見る。
「俺は……まだ足りない」
「…………」
「もっと修行して強くならないと」
「…………」
その瞳に、自分を鍛えてくれた師匠達の姿が浮かぶ。
フランジュ。
レイド。
「…………」
――二人とも……今、どうしてるかな。
ライトはまだ知らない。
自分が師と仰ぐ二人が。
かつて――光と闇のレガリアを宿していたことを。
そして。
その二人がなぜ――
勇者から首無し騎士へ。
魔王から不死魔導士へ。
その姿を変えたのか。
その答えを追って今、アストリア王国の影が――
魔竜の洞窟へ向かい始めていることを。
そして、その謎が明らかになった時ライト自身の「堕天化」にも――
重大な意味が隠されていることを。
まだ、誰も知らなかった。
――光と闇。
二つのレガリア。
二人の先代保持者。
そして。
二人の「人ならざる姿」
その謎が、少しずつ――
一つの真実へと繋がり始めていた。




