第138話 土の特殊個体
――アストリア王国
王都地下。
さらにその地下。
地上の王宮とは隔絶された、巨大な研究施設。
「…………」
無数の魔導具。
巨大な水槽。
魔法陣。
そして。
その中央に置かれた――
一つの巨大な装置。
「――――出力、安定!」
研究員が叫ぶ。
「神性抽出率……七十二パーセント!」
「まだ上げられる!」
「これ以上は危険です!」
「構わん!」
白衣の男が怒鳴る。
「続けろ!」
「…………!」
装置が唸る。
その中心。
巨大な結晶の中には――
「…………」
先王の遺体。
そこから。
薄い茶色の光が漏れ出している。
「土の神性……」
研究員が震える声で呟く。
「本当に……残っている」
「当たり前だ」
別の男が答える。
「長年、土のレガリアを宿していた肉体だ」
「その身体そのものが……神性を記憶している」
「…………」
その時。
研究員が叫んだ。
「抽出成功!!」
「…………!」
「神性エネルギーの分離に成功しました!」
「やった……」
研究室に歓声が広がる。
だが。
一人だけ。
冷静に装置を見つめている男がいた。
レイヴン。
「…………」
「成功しましたか?」
「はい!」
研究員が駆け寄る。
「レガリアそのものを使用せず、残滓から神性を抽出することに成功しました!」
「…………」
「これなら……歴代レガリア保持者の遺体から、同じように神性を抽出できます!」
レイヴンは微笑む。
「つまり」
「…………」
「レガリア保持者そのものを捕らえる必要がなくなった」
「はい」
「…………」
「死者からでも……力を取り出せる」
レイヴンは装置を見る。
「素晴らしい」
◇
――ツヴァイス神聖国
同時刻。
巨大な聖堂の奥。
「神性抽出実験、成功を確認」
司祭が報告する。
「アストリア王国からの連絡です」
「…………」
白い法衣を纏った男が頷く。
「これで……我々は神を、この地上に降ろせる」
「…………」
だが。
その男は、さらに一枚の資料を取り出した。
「次の段階、人工的な器への神性注入」
「…………」
「そして――」
その資料には。
一つの言葉が記されていた。
――特殊個体。
◇
――アストリア王国・地下研究所。
「準備完了!」
「神性注入開始!」
ゴォォォォォ……
巨大な魔法陣が輝く。
土色の人造ゴーレム。
そのゴーレムの胸部で先王の身体が光に包まれる。
「…………」
土色の神性が、身体へ流れ込んでいく。
「肉体反応あり!」
「魔力循環を確認!」
「神経接続、開始!」
「…………」
そして。
土色のゴーレムの指が。
僅かに動いた。
「…………!」
「動いたぞ!」
「成功か!?」
「まだだ!」
魔法陣がさらに強く輝く。
「神性定着率――」
「九十……!」
「九十二……!」
「九十五……!」
「…………」
その瞬間。
土色のゴーレムの瞳がゆっくりと光を放った。
「――――」
ゴーレムの瞳が土色に輝く。
「…………」
研究員達が息を呑む。
「生命反応……」
「素体が生き返った……?」
違う。
それは「蘇生」ではなかった。
同じに見えても、中身はかつての先王ではない。
人格も。
記憶も。
魂すらも。
別の何かへと上書きされている。
「…………」
先王だった男が。
その男が媒体となったゴーレムが動き出した。
身体を覆う神性。
そして。
そのゴーレムの背中から――
巨大な翼が現れた。
土色。
灰色。
そして。
黒。
「…………」
研究員が震える。
「天使化……」
「成功……」
「先代土のレガリア保持者を利用した……」
「特殊個体……」
その時、土のレガリアの特殊個体がゆっくりと顔を上げる。
「…………」
「命令を」
声は、生前の先王とはまるで違っていた。
無機質で感情がない。
「…………」
レイヴンが笑う。
「目標を与えろ」
研究員が答える。
「はい」
「最初の目標は?」
レイヴンは一枚の資料を見る。
そこには――
七つのレガリアについて記されていた。
「…………」
そして。
「光」
「闇」
レイヴンの指が、二つの紋章をなぞる。
「そして……先代の光と闇……」
「…………」
「二つの残滓を回収する」
「…………」
特殊個体が一歩、前へ出る。
ズン……
床が震えた。
「…………」
その身体から放たれる神性は。
かつての先王が生前に放っていたものよりも――
遥かに禍々しかった。
「…………」
レイヴンは笑う。
「さあ」
「新たな時代を始めよう」
◇
――アルヴァニア王国
夜。
ライトは一人、修練場に立っていた。
「…………」
空を見上げる。
二ヶ月前。
ドラムガルドで起きた事件。
先王の遺体。
空っぽの棺。
そして――
今も解けない謎。
「…………」
胸の奥に、嫌な予感があった。
だが、それが何なのかは分からない。
「ライト」
背後から声がする。
振り返る。
リオネだった。
「まだ修行してたの?」
「ああ」
「もう夜よ」
「分かってる」
リオネが隣に立つ。
「バルグリムも帰ったわね」
「ああ」
「……いい人だったね」
「うん」
「また会えるかな?」
「…………」
ライトは空を見る。
「きっと会える」
そして。
「その時までに……」
拳を握る。
「もっと強くなっておかないと」
リオネも笑う。
「私も!」
「…………」
二人は並んで夜空を見上げる。
その遥か彼方。
彼らの知らない場所で――
新たな存在が生まれた。
先代の土のレガリア保持者。
死してなお利用され。
神性を抜き取られ。
そして――
兵器として蘇った存在。
「土」の特殊個体。
それは、ライト達がまだ知らない――
新たな敵の始まりだった。
そして。
七つのレガリアを巡る戦いは、静かに
しかし確実に――
次の段階へ進み始めていた。




